神の口笛
第11章 11
あきらめて背をむけた時、いっそう大きな声が上がった。
振り向くとそこには、穏やかな顔でエマを見つめる…
グレイの姿があった――――。
エマの頬を、静かに一筋の涙が伝う。
「なんだ、寝坊したのか?」
最後に会った日がつい昨日の出来事であるかのように、慣れた口調で彼は言った。
大勢が見ているのを気にすることもなく、グレイは彼女の髪を撫で整えた。
「グ…レイ…ッ」
両手をひろげる彼の元へ飛び込む。
まわりの喧騒が遠く聞こえる。
どれだけ待ちわびただろう。
この胸を。匂いを。熱を…―――
…
急ぎで用意された立派な部屋。
窓からはもうすぐ白の季節が来ることを知らせる、満天の星が見える。
ただただ無言で、ただただ抱きしめ合っていた。
2人離れていたこの7年は取り戻せないが、それでも…。
「本当に…激しい戦だった―――」
やっとグレイが口をひらき、エマはそれに聞き入った。
襲撃で負傷者が続出し、命を落とした者もいた。
そのときグレイも足を骨折していた。馬に矢を打たれ、落馬したのだそうだ。
戦地のそばにある小さな小さな集落で療養することができたが、帰還は遅くなってしまったとの事だった。
2年前に見つかった亡骸の主は、おそらくルイであると彼は言う。
大きなケガをしたルイの止血のため、グレイの上着を使ったらしい。
「その後の襲撃で人物の判定ができず、上着の刺繍から俺が死んだのだと認識されたんだろう…。」
―――ルイが死んだ。
それはエマが兵士になって初めての、身近な者の死だった。