神の口笛
第3章 3
グレイが顔の目の前にトマトを持ってくるので、エマはそんなに気が乗らなかったが一口かじりついた。
…あれ?
なんでだろう…。
「どうした。美味くないか?」
「ううん。昨日は味がしなかった。けどこれは美味しい…」
「…そうか。」
エマのかじったトマトをグレイも口に含み、美味いな、と頷いた。
それから残りのトマトを何度かに分けて、すべてエマに食べさせる。
「自分で食べられる。」
「服を汚すと困るだろ。まぁ結局、いつも葡萄酒で汚してるけどな」
グレイはやわらかく微笑んだ。
エマに向ける視線も、エマの口の端から滴る果汁をぬぐう指先もあたたかく、いつもどおりだった。
2人の姿は周囲から浮き出て、注目の的となっていた。
「昨晩は驚かせてすまない。」
「ううん…。」
グレイは深くは語らなかった。
まわりの視線が痛いほどになってきたので、2人は本神様のもとへ歩いた。
途中、幾人もの男女が寄り添い合って各ブロックへ消えていった。
カンカンカン…ッ――、と、8時を知らせる鐘の音が響く。
本神様の前で共にひざまづき、幼い頃からの習慣で身に付いた祈り言葉を述べる。
何を祈るかによって若干違うが、大祭りのときはいつも互いの両親に挨拶するような意味で行っている。
クベナの教えでは、この世を去った者は神になり、現世に生きる者たちを見守っているとされる。
「ねえ。」
「なんだ?」
「昨日…ビアンカとグレイがもしなにか…していたとしたら、すごく嫌だった。なんでだろう」
「…。してないから大丈夫だ。」
「うん…」
「誓おうか?」
落ち込むような表情をするエマを見て、グレイは言った。
エマが肯定するようにグレイを見つめると、グレイは微笑んだあとで本神様に触れた。
「我ノ言ノ葉ニ嘘偽リ無キコト 八百万ノ神ニ誓ウ。神ナガラ"エマ"守リタマエ、幸エタマエ………―――」
神に捧げる言の葉を発するグレイの姿は勇ましく、まっすぐだった。
戦士と言うのはこういう姿を言うのだろうと、エマは思った。