神の口笛
第3章 3
「可愛がってやろうと思ったのになぁ…気が変わったよ。」
マルコスは倒れ込んだエマに馬乗りになり、頬に一発の拳をくらわせる。
「ケホッ…」
男の重さと顔への衝撃でエマはむせた。
口の中が血の味でいっぱいになる。
カチャカチャとベルトを解いたマルコスが、エマのズボンを乱暴におろす。
ああ、勝てない…
殺してやりたいほど憎いのに…
クソッ、クソッ、クソッ……―――
必死に悔し涙をかみ殺す。
泣いてたまるか。
エマは心の中で弓矢の照準を合わせ、マルコスの脳天へ打ち込んだ。
――ドンッ!ドンドンッ!!!
「エマ!!!」
ステラの声だ。
ものすごい音を立てて扉があいた。
見ると、ルイが力任せに蹴飛ばしたようだった。
「勝手に入って来るな!誰の部屋だと思ってる!」
マルコスの怒鳴り声を最後に、エマの記憶は途切れた。
…
肩に鋭い痛みがあり、ふたたび自分の意識を認知した。
「うっ…」
「気が付いた?ごめん、もう少し縫わないといけない。」
「オリバー!?」
「久しぶりだね、エマ。帰ってきたら突然こんなことになって驚いたよ。」
オリバーは、同じ孤児院で育った1人だ。
軍学校では医療を学んでいた。
医師不足のため戦地やほかの基地に駆り出されることも多く、そうなるとしばらく会えない日が続く。
「帰ってきたんだね。よかった…。」
「ついさっきね。まぁ、帰ってきたは良いけど…エマがこんな目に遭うのはいただけないなぁ」
グレイとは正反対とも言えるようなふわっとしたオーラに、甘ったるい声や言い回し。
ひょろりとした薄い身体に、白い肌。
「大丈夫。痛くない。」
「ふふっ。あと少しだからね。」
結局、エマの肩の傷は12針の縫合で塞がった。
オリバーは今後のグレイの行動に懸念を抱いた。
「マルコスは相手を間違えちゃったねぇ。あぁ、怖い怖い。」
「?」
「ううん。エマは気にしないで良いんだ。嫌な思いをしたね…。よしよし。」