神の口笛
第4章 4
翌日、本当にエマは1人で自主トレーニングに出かけて行った。
その頃グレイは、休養日のこの2日間、部屋に来るものだと思っていたエマが来ないので訝しく思っていた。
おそらく合宿で疲れて、寝てばかりいるのだろう…。
しかし、厩舎での仕事を終わらせ北棟へ戻る時、離れた場所で快活に走るエマが見えた。
「エマ…?」
うっすらと滲む汗、軽々と前へ突き出される脚、はじけるように揺れる乳。
休養日にエマが走っているなど信じられないが、どうもこれは現実のようだった。
…
それから通常の訓練をする日々が始まっても、エマはグレイの部屋へ行かなかった。
「エマ、今日も頑張ってたね。私ももっと頑張らなきゃ。あ~、お腹すいた!」
「私も腹ペコだ…。」
「そりゃあ、あれだけ走ればね。」
訓練は、ビアンカと競い合ううちにあっという間に終わる。
しかし結局何日経っても、乗馬も足の速さも、ビアンカには勝てないままだった。
「ビアンカはいつも褒められてる。私は褒められたことがほとんどない」
「私だってないわよっ。ビアンカは住む世界が違うね、完璧だもん。あれを目指したら逆に挫折する。」
卵入りのミートローフを頬張りながらステラが言った。
「胸がもやもやする…。」
「そういうときは体を鍛えまくると気が紛れるよ。でも無理は禁物」
エマはそのとおりにした。
来る日も来る日も走り、鍛え、疲れた体にさらに鞭を打った。
グレイはどうしてエマが来ないのかと心配していたが、ルイから「最近頑張ってるから少し見守ろうよ」と言われたのもあり、黙っていた。
…
ある日の夕食時、遠くで話す男兵士の会話が聞こえてしまった。
「グレイさんは妹の世話で自分の人生を無駄にしてるよな~」
「もっと自由に遊びたいだろうに、不憫だなぁ。男前なのにな。ははっ」
「でも最近は一緒にいるの見かけないよな。」
…――そうだったのか。
エマには思いもよらない事だった。
まさかそんなこと、考えてもみなかった。
グレイは自分のせいで自由を奪われていた…?
どんよりと重い頭をもたげ、自室へ帰る。