テキストサイズ

神の口笛

第5章 5



グレイの部屋に行かなくなって、2ヵ月が経っていた。


今日も、ひとつもビアンカに勝てなかった。

うつむくエマをあざ笑うように見て去っていくビアンカに、ステラが舌打ちを送る。



「エマ。話がある。今夜来い。」

グレイはそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。


明日はエマもグレイも休養日であることを考えると、もしかしたら長々と説教されるのかもしれない。


「はぁ…。」

「だ…大丈夫だって。エマの成績で叱られるなら、他に叱られる子いっぱいいるよ?!」

2人は疲れた体を引きずって東棟へと戻る。

自分でもビアンカに勝てないことをこれほど気にしているのに、これでグレイにも叱られたら…。

そう思うとやるせなくなった。

心ここにあらずで夕食と湯浴みを済ませる。









北棟、グレイの部屋の前に到着してしまった。

ノックをしようとする右手が重い。

「早かったな。」

何度か呼吸を整え、やっと腕を上げた瞬間、グレイが湯浴みから戻ってきた。


「あぁ、うん…。」

「入れ。」

扉をあけてもらって中に入る。

久しぶりのその部屋は以前と変わらず、エマを安心させる匂いが漂っていた。



「最近来てなかっただろう。明日は休養日だから、少し話でもしようと思って呼んだんだ。」

「お説教じゃないの…?」

「ふふっ。なぜ説教なんだ?なにか悪さでもしたか。」


「…ビアンカに勝てないから。明日も自主トレーニングする」

「それを気にしていたのか?」

「…。」

「訓練は勝負じゃない。高め合うのは良い事だが…―」

「だけどうまくできればグレイに褒められる」


ハッとしたグレイは、ふぅっと深呼吸をしてからエマを呼んだ。

まだ少し濡れている髪をとかし、ゆっくりと話す。


「…お前は弱くても良い人間なんだよ。」

「何?」

「馬に乗れなくたって、足が速くなくたって許される。守られる。」

「誰に?」

「俺だ。」

グレイはシャツから見えるエマの肩の傷を見つめた。


自分がそばにいればこんな傷は出来なかった…。

今でも油断すると悔しさが湧いて出る…。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ