神の口笛
第5章 5
「お前はこの本が好きだな。」
最後のページまで読み終わったあと、グレイが言う。
本を置き、うなずいているエマの髪を撫でた。
ふと、襟口からのぞく傷跡がまた目に入った。
「ちょっとシャツがでかいんじゃないか?」
「襟が伸びてるだけ。」
「駄目だ。明日新しいのをもらいに行け」
言いながらグレイは傷をそっと撫でる。
もうすっかりくっついてツルリとした感触の傷口は、少しだけ盛り上がっている。
「はぁい……。ん…くすぐったい。ふふ」
「ああ、悪い。」
「ううん。もう少し、そうしてて…」
―――また胸が鳴り、息が熱くなる。
目の前にあるグレイの、出っ張った咽喉にそっと指を這わせた。
「なんだ。」
「男は、ここが出っ張ってる。」
「そうだな。」
「なんで?」
「ある年頃になると、男は声が低くなり咽頭が目立つようになる。自然な事だ」
「女は?」
「…。体が丸みを帯びて、乳房や尻がふくよかになったりするな。」
「ふぅん…」
未だグレイの咽頭を指でつたいながら、エマは不思議そうな顔をした。
意図はないだろうが、その手付きは繊細で、首元にジワリと血管が集中するのが分かる。
…もう、猶予はない。
会うたびエマは性の疑問をぶつけてくる。
エマにしっかり自覚させる時だ。
「エマ。」
「何?」
「お前もそのうち誰かとキスやSEXをする。マルコスのような乱暴者がいないとは限らないから、女としての自覚が必要だ。」
「……どういう事?」
「襟の伸びたシャツを着ない。…そうやって上目遣いをしない。気安く触らせない。とか、そういう事だ。」
「誰かと?…そんな事、しない。したくない」
「それでもいつかきっと、その時は来る。」
「やだ。それなら、グレイがしてよ!キスしてみてよ!」
静かに、でも声を荒げてエマは反抗した。
「何言ってる。落ち着け。」