神の口笛
第1章 1
タオルで水気をぬぐい、エマのためだけに使うクシを取り出して髪を梳かした。
「もっと馬に慣れなきゃ駄目だ。あんなんじゃ戦でヘマするぞ。」
「んだって…馬は大きくて、怖い」
「大丈夫だ。あいつらは賢いぞ。お前より賢いかもな、はは」
髪をとかす優しい手付きはエマを安心させた。
訓練のときとは別人のようなグレイだが、エマにとってはこちらがいつものグレイだ。
説教がいやなのは本当でも、実際はこうして二人で過ごすどこか秘密めいた時間が大好きでもある。
「ね、今日泊まっていきたい」
「なんだ。嫌な事でもあったか?」
「ううん。もうすぐテオヌだから」
「…そうか。弥生の小屋は退屈だっていつも言ってるもんな。」
「朝ゆっくり寝られるのは良い。けど、あとは全部つまんない。」
テオヌ(生理)中の女がこもる弥生の小屋は、女らが快適に過ごせるよう配慮されている。
しかし、やることと言えば風呂に入るか本を読むか、絵を描くか…くらいしかない。
男尊女卑の色が濃かった時代は今となれば薄れてきたが、エマは文字が読めないため退屈を極めているのだ。
「文字を教えても覚える気がないだろう、お前は」
「グレイに読んでもらったほうが良いもん。文字は難しい」
「今夜もなにか読むか?」
「うん!えぇっと…」
グレイの本棚に目をやり、嬉しそうに選ぶエマ。
「…っと、その前に。」
「へ?」
「横になれ」
「う…うん?」
仰向けでベッドに寝転ぶエマの隣に、グレイも添い寝する。
手はエマの腹に置かれ、ぐうっと押すような動きをした。
「朝なかなか起きられないのは、内臓が休まってないからだ」
「うぅっ…!」
「腹の力を抜いて、大きく呼吸してみろ」
エマは言われた通り、ゆっくりと深く呼吸した。
グレイの手が腹の奥に沈み、圧迫感でたまらない。
「ん…っ苦しい」
「大丈夫だ。こうやって内臓を揉んでやると、一度内臓が活性化する。そしてよく休む態勢になる。」