神の口笛
第1章 1
何度か繰り返したあと、グレイは最後に優しく腹をさすった。
摩擦でシャツがめくれ、素肌に手が触れる。
「あ…。手があったかい。」
「…そうか。」
「胸がドキドキする」
「なんだって?」
グレイは手を止めた。
オイルランプの優しい灯りに照らされながら、エマはとろんと目をひらいてグレイを見た。
「分からない…動悸がする。もう一度さわって」
「…。」
内心戸惑いながらも、グレイは言われた通りにエマの素肌を撫でた。
小ぶりなへそからみぞおちまでを大きく滑ると、エマはぴくりと一瞬背中を浮かせた。
「グレイ、どうして動悸がするんだろう。病気になったのかな」
「…。心配する事ない。内臓が元気になったんだろ。それより今日はどれを読む?」
エマの気をそらすように言う。
こんなの、たいした出来事ではない。
この熱く反応した下部も、ほんの偶然だ…―――。
まさか幼い頃から共に育ってきたエマに欲情するなんて、あり得ないのだから。
「これにする!」
エマが持ってきた本をひらき、読み始めた。
砂漠の真ん中で一人ぼっちになった少年の話だった。
あてもなく彷徨い歩き、出会う生き物と会話し、ここがどこで目的は何なのかを見つけていくというストーリーだ。
「サソリってなに?」
「毒のあるハサミとトゲを持った、かたい生き物だ」
無知なエマに分かりやすいよう、言葉を選びながら答える。
「喋れるの?」
「ふつうは喋れないな。でもこういう物語の中では、喋れることもある。本の中は自由な世界だ。」
「ふぅん…。」
こんなふうに、本を読んでいる最中エマはよく質問する。
その質問が少なくなってくると、もうすぐ眠る合図だ。