神の口笛
第8章 8
これまでよりも活気のあるガルダン基地内に、エマはなんとなく嬉しい気分になった。
「名前は?」
ステラとの話に夢中になっていて気が付かなかったが、エマの隣にいつのまにか一人の男兵士が腰掛けていた。
「えっ…エマ。」
赤らんだ茶色をしたやわらかな髪が、海底のように深い瞳の前にふわりとかかっている。
「スピリル軍の総隊長だ。よろしく。」
レイモンドと名乗るその男は右手を差し出しながらニコリと笑った。
「そ…総隊長?!」
エマより先に口走ったステラは、自分も是非と右手を突き出した。
「キミは?」
「ステラです!エマも私も、弓兵です。」
「そうか。よろしく。」
――この男を、エマは知っていた。
同じ棟に所属しているからでも、総隊長というからでもない。
他の男兵士が下品なことを言った時、「そういう話を大声でするな」と制していたのを一度だけ見かけたので印象に残っていたのだ。
「レイモンドさぁん!」
「私とも握手してください~!」
思い返しているうちにも、総隊長と耳にして浮足立った女兵士たちが次々に群がっていた。
ステラは反対側にいたスピリルの兵士と良い雰囲気だったので、エマは葡萄酒を取りにいこうと立ち上がった。
すかさず女たちがその席を陣取ったが、べつに気にならなかった。
一歩踏み出したその瞬間、腕を掴まれた。
「待ってくれ、僕も行こう。」
女たちが大勢でついてくると思うとエマは気が引けた。
しかしレイモンドは、「エマと話がしたいんだ。」と彼女たちを優しく諭した。
意図が分からなかったものの、とにかく葡萄酒の樽まで共に歩く。
「自分は戦地に出向いていたから、ここに来るのが遅かった。それで実はまだ、この基地には慣れていないんだ。とても広いしね。」
魅力的な声色で言うレイモンドは、そう言いながらエマの分の葡萄酒も注いだ。
グラスを手渡す時、男らしい指がエマの手に触れた。不思議と嫌悪感はなかった。
結局、何とは無しに基地内を案内する事になり、様々な話をした。
グレイと同い年のレイモンドは、異国の雰囲気を放ちながらも紳士的であった。
「…ここが厩舎。」
「ほう。」
中に入ると何頭もの馬が、藁をついばんだり休んだりしていた。