神の口笛
第8章 8
レイモンドは臆することなく馬をなで、馬もそれに応えるように大きな目でレイモンドをじっと見ていた。
若干腰の引けているエマを見ると、レイモンドは問う。
「馬が嫌いかい?」
「えぇと…。」
彼はまたにっこりと笑い、こっちへ来てみろと手招いた。
おずおずと近づくと、エマの手を持って馬を撫でさせた。
「ほら、こうしてやると馬は喜ぶ。」
「うぅ…。」
「怖がると馬にも伝わる。大丈夫だ、馬は優しいよ。」
だんだんと慣れ、エマにも馬がなんとなく良いものに思えてきた。
それから乗馬のコツを聞いたり、はたまた孤児院で育った境遇を話したりした。
これはエマの性格上、非常に珍しいことだった。
誰にも媚びない、懐かないエマだが、なぜだかレイモンドに対してはするすると言葉が流れ出た。
暗い箇所や段差で、レイモンドはいちいち紳士的にエマの手を取った。
「私は女兵士なんだから、このくらい平気」
そう言っても彼は「女性ということに変わりはない」と言い、エスコートをやめなかった。
「案内ありがとう、エマ。良い時間だった。」
「ううん。」
「そろそろテーブルへ戻って宴の続きをしようか。僕も葡萄酒が大好きだからね。」
ははっ、と笑ったレイモンドの白い歯の向こうに、上品な舌が見えた。
「おかえり!遅かったね」
テーブルからステラが呼んでいる。
もちろん、レイモンドを待ちわびていた女兵士たちも彼を呼んだ。
「エマ。」
「?」
見上げるとレイモンドは聡明な瞳でエマを見つめ、ゆっくりと言った。
「きみはうつくしい。」
一瞬、周囲の喧騒が消えたかのように、その声だけが耳にこだました。
とっさに視線を外した先の空で、たくさんの星たちが瞬いた。
あっという間に女兵士に取り囲まれたレイモンドは、困ったような笑顔を浮かべる。