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神の口笛

第8章 8



「ほら、大丈夫。こっちへおいで」

訓練が休みであるこの日、エマとレイモンドは厩舎に来ていた。

馬の様子を見に行くから一緒に来ないかと誘われたのだ。

特に用もなかったエマは昼食後の散歩も兼ねて了承した。



目の前ではレイモンドが自国から連れてきた白い馬が、ぎょろりとエマを見据えている。

ゆっくりと近づくエマの手を取り、レイモンドはそっと馬の鼻筋へ導いた。

短い毛並みのむこうに、ほんわかとあたたかな熱を感じる。


「おとなしい…」

「だろう?こいつは生まれたときから僕の相棒なんだ。優しいよ」

「うん」


「でも、戦闘の時は逞しい。まるでエマのようだな」

「私?」

「話に聞いた。優れた弓兵だ、とね。足も速く、視力も良いんだろう?」

「…。」

また、深い海の底のような瞳がエマを見つめた。



ガサガサと物音がしたので見ると、両手に藁をかかえた男が立っていた。馬にやる餌だ。


――グレイ…っ!


呼ぶより前に、グレイは何も見なかったかのように踵をかえし、行ってしまった。

「あ…。」


「エマのお兄さんだね?」

「うん。」

頷きながら、エマはなんだか不穏な空気を感じた。

以前なら、「なにをしている?」などと言って鋭い表情をしていたのに…。

今日はろくに目も合わさなかった。


もしかしたら、私だということが分からなかったのかもしれない。きっとそうだろう。







数日後の夜、ビアンカがグレイの部屋をたずねていた。

ドアの前に立ちはだかるグレイは「部屋には入れられない。話があるのなら食堂に」と何度も諭したが、ビアンカは頑なに動こうとしない。



同じ頃、東棟ではグレイの部屋に行こうと準備をするエマの姿があった…――。


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