片恋は右隣
第2章 ワンナイトじゃないんですか
****
自宅から約三分。
小さなお店ののれんをくぐり、気安い店主さんご夫婦といつもの挨拶を交わしてカウンターの席に着く。
飲み屋というよりも、小料理屋という雰囲気に近いお店だ。
店内は明るい民家調の雰囲気で、いつもこ綺麗にしていて客層も悪くなく、自分のような女性一人でも入りやすく気に入っている。
平日の今日はテーブル席に二組ほどのお客さんがいる程度。
定食は若干重いので、小鉢を数品頼み、ビールと軽いサワーを二杯ぐらい飲んで帰る予定だった。
カウンター越しに初老の店主さんが話しかけてきた。
「つい最近親御さんが昼に来たよ」
「……ええ? またわたしの愚痴言ってませんでした?」
「いつも心配して様子をきいてくるよ。 親心じゃないのかねえ」
そんな彼の思惑のなさそうな言葉に苦々しい笑いを返す。
別にうちの両親はわたしのことを心配しているわけではない。
外聞を気にするタチだから、単にそういうポーズを取っているだけだ。
現に当の本人には盆正月にさえ連絡がない。
実家はマンションからもそう遠くはないけど、倉沢さんなどと違い、会社に徒歩で通える距離ではない。
……そういえば、倉沢さんはやっぱり実家に住んでるのだろうか。
そんなことを考えていたらお店の引き戸が開いた。
カウンターから見える位置にある出入口から、ちょうど頭の中に浮かべていた人物があらわれた。
わたしの方は髪を括り眼鏡を掛けた完璧おウチモードだった。
そんな自分の姿を見付けた倉沢さんがちょっと驚いた様子で、でも親しげに話しかけてきた。
「こんばんは。 三上さんここの近く? おれの家すぐそこ」
ワイシャツを脱いだラフな格好で、会社とは違う口調や表情だった。
そんな彼につられる。
「うん。 近いし、いいお店だよね」
「家は味気ないし、おれもここでよく晩メシ食うから。 一緒にいい?」
そんな彼を見上げながら思った。
倉沢さんは転職したばかりで、社内でよく話す相手といえば素っ気ないわたしぐらい。
今まで自分のことしか見えてなかったことに気付いた。
先ほどの電話で余裕もあったせいだろう。
「是非」
これまでのお詫び分、わたしは口の端をあげてそれに応えた。