片恋は右隣
第4章 幸せになったらダメなんですか
「……次は打ち合わせ……かあ」
スケジュールをチラ見したわたしはやっと重い腰をあげた。
キョロキョロ廊下を見渡し、誰もいないことを確認する。
フロアを出て端っこの非常階段を通り、一階にある会議室まで素早く移動しようとした。
勢いよく階段を降りていたため、コーナーを曲がり、反対にのぼってくる人に気付くのが一瞬遅れた。
「わっ!? ご、ごめん」
「っあ! ……わたし、こそ」
派手に衝突する前に、相手が咄嗟に後ろに下がったようだ。
それでも階段の二段ほど上にのぼりあがって、座り込んでしまったわたしの視界に、男性の姿が見えた。
自分の髪を下ろしてるので視界が狭くて分かりづらいけど──これ、倉沢さんだ。
お陰さまで足元だけでわかる。
ほんの一瞬だったけど、わたしは食い入るようにそれを見詰めた。
単純に、会いたかったような気がした。
「……三上さん? 最近なに」
「すみません。 …う、打ち合わせで急いでて」
彼はいま一人らしい。
慌てて立ち上がろうと、わたしは脱げかけたヒールをまた履きなおした。
「ちょっと三上さん、待ってなにそれ」
すれ違いざまにぐっと手首をつかまれ、倉沢さんと目が合った。
彼の指が自分の鎖骨の辺りをトン、と指していて、たぶんわたしの顔が青くなったと思う。
「ふざけんな。 こないだからコソコソなんなんだよ」
苛立ったような、不快そうな、そんな光が彼の目に宿るのが見て取れた。
今日首元につけてきていたスカーフが空中にヒラヒラ舞っているのが視界に入る。
それを目で追いながら、床に布切れが広がり落ちるまで。
わたしは頭のなかで必死に言い訳を組み立てていた。