片恋は右隣
第4章 幸せになったらダメなんですか
わたしも作業の手を少し止めて、彼の話に聞き入ることにした。
「でもある時、僕は何年もの間……毎日数字やグラフを眺めているうちに、私生活で諍いが増えていく日々に、インスピレーションを失っている自分に気付きました────元来、自分は貪欲な人間です。 例えばスポーツでも創意工夫してやり方を追求したり、馬鹿みたいに何千回も同じことを繰り返したり。 そこには恐らく誰しもが持つ、飽くことのないインスピレーションが存在します」
そこですこし考えるように言葉を切り、また前を向く。
軽い余裕さえ滲ませながら、思ったことを口にする。
倉沢さんはこんな所でも倉沢さんだ。
「たしか、今から三ヶ月ほど前でしょうか。 何の気なしに、僕は一人でフラッとここに戻ってきました。 すると昔見なれたはずの景色が、まるで変わっていることに気付きました。 その原因はいま思えば、僕の方だったのだと思います────ところで、温故知新とはよく言いますが、類似に彰往察来という言葉もあります。 過去の行いを引き継いで、未来に繋げるという意味です……と。 これはここの社訓でもありますので、特に僕からの説明は不要ですよね」
それから彼の前の方に座っている総務部長に視線を向けた。
「ここに来たその足で面談を受け、部長からこのお話を伺いました。 そして気付いたのは、自分は先の仕事や彼女を愛していなかったということです。 与えられるものでもないし、強制するものでもない。 湧き上がるインスピレーションが、将来を繋げると現在の自分は信じています」
総務部長が照れ臭そう笑って軽く拍手をし、周りもそれにパラパラと続く。