片恋は右隣
第5章 わたしを愛してくれるんですか
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今日は以前行き損ねたお蕎麦屋さん行けるようだ。
横断歩道から斜め上を眺めると、紫をほんの少し混ぜたような、くっきりと蒼さがさえた昼の空だった。
「今日はわたしがご馳走しますから」
オフィスの繁華街を離れ、若干お値段は張るけれど、味の良いお店に倉沢さんを案内しようとしたのにはいくつか理由がある。
前回同様、ひと目を避けたいこと、落ちついて話ができること。
昨晩の感謝と心配をかけたお詫びにご馳走をしたかったから。
……そんな自分の心持ちに反し、倉沢さんと表で待ち合わせてから道中のわたしは、ほぼ無言で彼と並んで歩いていた。
それはやっぱり今朝の上司の話が原因で。
今回、自分が気を揉んでいたことを半分反故にされた気分だった。
大体やり過ぎだし、さらにいえば、倉沢さんがその出来事をわたしに隠していたことにも不信を抱いてしまう。
お昼どきでもたいがいは、年輩の客が数人ほどゆったりと談笑しながら食事を楽しむ種類の店内。
テーブルに向かい合ってお蕎麦を啜りながら、倉沢さんが時おりちらっ、とこちらを見てくる。
当たり障りのない会話について、素っ気ない受け答えしかしないわたしに対し、彼がどこかきまり悪そうに口を開いた。
「ええと…今朝の件だよね。 ヘタに甘やかすと逆に後腐れ残るんだよ。 男の場合は。 でもみた感じ、あんまり怪我もしたこと無さそうな子だったから、血ボタボタ出て多少びっくりしたっぽかったかな」
記憶をたどるように怖いことを平気で言う。