鬼の姦淫
第1章 血のおくり花
彼はあえてここいらに住んでいる人に関しての話は避けたようだった。
小さくなっていくバスを見送りながら、ほうと息をついた。
神さまだろうが鬼だろうが、人の方がよほど怖い。
私は校舎を囲むフェンスの間にある小さな道に足を踏み入れた。
あんな事件があったあと。
一人で夕暮れどきのこんなわびしい場所を散策するほど私は無鉄砲じゃない。
来月の初めには私は引っ越しをする。
その前に、若林くんと話をしにきただけだ。
このフェンス沿いの道を行くとすぐに彼の家があるときいていた。
『わたしね、小学校の先生になりたいんだ』
無くなるのが寂しい、そのあとでそんなことを言っていた愛理を思い出した。
椅子の上で華奢な膝を抱え、長いまつ毛の下に影を作って窓の外を眺めていた。
『あったかい人たちや自然がたくさんあるこんな場所で、楽しい子供時代を過ごしたら、また絶対にここに帰ってきたくなる。 萌とわたしみたいにね』
『……たしかに、過疎地の教師不足は深刻だな』
帰り支度を終えた放課後になにをすることもなく。
愛理と若林くんの私たち三人は、いつものように他愛ない話をしていた。
開けっぱなした窓からは、家路を急かせるカラスの鳴き声が教室内に響いていた。
『都会の先生の方が大変そうなのにね? お受験だかで』
来年にはもう本格的に進路を決めなければならない。 その束の間の時間を惜しむ気持ちはきっと三人とも同じで。
お互いの顔がみえる時刻まで、そんな風にして過ごしていた。