鬼の姦淫
第1章 血のおくり花
がらんとして人もなく、なにもかもオレンジ色に染まった教室で愛理が私に訊いてきた。
『萌は? なんか考えてるの? 運動神経いいし』
『うーん。 大学で考えるかな。 だからつぶしがきく平凡な英文科志望なんだもの』
『萌子って本も好きだよな。 こないだ貸してもらったのも面白かったよ。 なんだろ。 んー、ハリウッド映画とかはおれ、苦手なんだけど、ヨーロッパの本ってちょっと日本的なところがあるよな』
『そう、そうなの。 なぜかおんなじ翻訳者でも、アメリカ文学とは少し違うんだよ。そこで著者と翻訳者、一度で二度の読後の満足感が味わえるというか』
『なんだ。 萌はもうなりたいものが決まってるんだね』
『だなあ』
おぼろげな夢はあったけれども言及されるのがなんだか照れくさく、私は曖昧に笑ったと思う。
『うまくいけばイケメンと国際結婚でもして、ここに戻ってきたらさ。 副業としてみんなでトウモロコシ畑作ろうよ!』
『なんでトウモロコシ』
机の上にお尻を置いていた若林くんが愛理と同じく夕焼けに目を細めていた。
『萌の主食だからだよ。 若林くん、毎回萌のお弁当みてるでしょ? トウモロコシ焼きそばにトウモロコシごはん、トウモロコシお焼きに』
『……いっけど、なんで萌子の嗜好におれらが寄せなきゃなんないワケ? そんなら、おれの好物のシイタケも入れろよな』
『そこは若林くんって意外に地味だよね』
まじまじと言う愛理が可笑しく、私が小さく噴いた。