鬼の姦淫
第2章 社の守り人
「ほう……こんなことは年寄りばかりの迷信で片付けられると思っていた。 八百万と呼ばれる信仰の対象などいくらでもある。 それに、異なるとはいえ、筋違いでもない。 ……お前の名は?」
先ほどは他人行儀に避けられたけど、今のこの人は私に興味深そうだ。
彼の話す内容よりも、そのことがなぜだか嬉しく思えた。
「坂下……萌子です」
「萌子」
呼ばれて、なにかがじかに触れられたように肩が揺れた。
「……名を取られるということは相手によっては気を付けなければな。 例えばわたしのようなものに。 萌子」
なんだろう。
さっきから動悸がやまない。
下からすくい上げるように差し伸べられた手に引き寄せられ、勝手に足が進む。
一歩近付くにつれ、呼吸まで苦しくなる。
若林くんと似たその人が薄い微笑みを浮かべたまま、私を見詰めている。
普段ならこんなことは気恥ずかしくなりそうなものなのに、目を逸らせない自分自身もどうしてしまったのか分からない。
彼の指先に私の頬が滑り、その冷たさや滑らかさに驚いた。
それと同時に、膝の下から力が抜ける。
「……人に慣れぬ雲雀のようだな」
私を支えながらそう呟いて、彼が畳敷きに膝を落とす。
「春の息吹を名に持つ娘。 わたしはお前に無体なことをする気はない」
顔に近付いた指先に思わず目を伏せると、瞼に軽く指先が乗る。
これは目を閉じていろ、ということなのだろう。
私は素直にそれに従った。