鬼の姦淫
第3章 鬼神との誓約
「わ……忘れたくない」
私がそう答えたのは率直な自分の想いだった。
どうしたいのかは分からなくっても、したくないことは明確だった。
「……相手から名や言霊を取ろうとするのはわたしの力の源にもなるわけだが。 それによって油断する人間も悪い。 いつだって自らの字や発した言の葉には注意深くなくてはな」
彼が部広い部屋の四方を見渡す。
ポッ、ポッ、と、暗く部屋の四方に蝋燭をうすい紙で囲んだ灯がともる。
仲正さんの顔に赤みが差し、ようやくと彼に人らしい温かさが感じられた。
私が自分の服装に目を下ろすと寝間着姿のままだった。
彼が灯りをどこかとおくにみて、辛うじて聞き取れる静かな声で呟きをもらす。
「だた唯一。 わたしは分かっていてお前を引き込もうとしていた。 これは鬼の頂点に立つ、わたしの過ちかもしれない。 子の親とはこんなものなのかな」
「………仲正さんや若林くんは、人じゃないんですか?」
これが夢なのかは分からない。
でも、私はあの夜に幾度か感じた違和感を忘れたわけじゃない。
頭の中で深く考えようとしていなかっただけで。
「只人がこちらの領域にあまり踏み込むべきではないといいたいが、それについては是だ。 とはいえ、義隆は人に近い。 あまりわたしたちの影響を受けることはないようにと願っている」
「愛理を助けようとしたと、若林くんが言ってました。 ………もしかして、ああなることをどこかで知っていたんですか?」
座って半身を起こしたまま言った私に、仲正さんは表情を変えなかった。