テキストサイズ

妄想

第1章 紙一重

電車はやがて東京駅に着き、優紀は颯爽と降りていく完全なフォルムの男の肩を目で追った。全くストーカーもいいとこじゃない?優紀は隅の席で軽い自己嫌悪に陥るも「いや、ただ見てるだけだし」とお決まりの自己擁護論を展開し、彼の姿の焼き付けに入った。
「あれっ、叔母さんからのライン。何だろう?」
「取引先の旅館は新規リニューアルで仲居さんを新たに20人入れるらしいの。契約内容には特に問題ないようだけど、気になる点があったら逐一報告して頂戴ね」
「了解です」
優紀は高校まで静岡におり服飾関連の専門学校に入る為、10年前に上京した。夫に先立たれて一人暮らしをしていた叔母玲子は、子宝に恵まれなかった事もあり、手放しで優紀を家に迎え入れ専門学校へ通わせた。叔母は着付けの師範という地位をいかして自宅で着付け教室を開いていたが、自ら出張して着付けを教えるという画期的なビジネスを思いつき、数年で事業を軌道にのせた。着物は着れても、人に着せるとなるとテクニックがいる。業界は、習いたいという生徒に対して、常に教え手は不足しているというのが現実だった。取引先は旅館、ホテル、料亭、茶道教室といくらでもあり、玲子は佐伯着付け出張学院と銘打って若干名のインストラクターも雇い入れて活躍の場を広げていった。よって、今日も優紀は佐伯着付け出張学院、院長秘書として新しい取引先へと移動中だった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ