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担当とハプバーで

第1章 止まらぬ欲求


 鍵が開く音がしたのは二十四時前。
 荒々しく靴を脱ぎ捨て、だはーっと魂ごと吐き出すようなため息とともに祥里がリビングに入ってくる。
「うお、起きてたんだ」
「おかえり」
 なによ、その挨拶は。
 乱れたシャツに、青白い顔。
 飲みすぎましたって顔。
「すごい臭いだよ、早くシャワりな」
「起きてるなら返信しろよなー」
 のそのそと脱衣所に向かう背中を見つめる。
 ノンアルビールを三缶目。
 あの人と、結婚するのかな。
 少し遅れて水の音。
 今日あったことを話したら、どんな反応をするだろう。
 浮気だって怒るかな。
 気持ち悪いって言うかな。
 面白がって深堀りするかな。
 ううん、正解はつまらない反応。
 ふーん、そう、って。
 だって祥里が興味あるのは働いてお金を稼ぎ、結婚を五月蝿く催促しない私。
 三十をすぎて世間体と親の視線を気にして付き合っている。
 最後に愛を感じたのっていつだっけ。
 傍らのイヤホンを撫でる。
 イヤマフをゆるゆると指で転がす。
 ここ半年の動画全部見ちゃった。
 明日新作かあ。
 見れば見るほどに素敵な人。
 声がいい。
 調子に乗った軽々しい口調の時と、脅しを効かせるときの低くゆったりした囁き。
 あのギャップはずるい。
 ニイノというホストも出てきた。
 王子様キャラで、いつでも優しく姫を甘やかす。
 トーク動画ではその様子をハヤテが茶化し、顔を赤らめていた。
 旅動画も良かった。
 髪を下ろしたハヤテが運転して、ナンバー五までのホストが一泊二日温泉旅。
 慣れないカメラが揺れまくりで。
 テロップはテレビのように凝っていて。
 知らなかった。
 芸能人じゃなくても、こんなにクオリティ高い動画を世に出してるんだ。
 仲良く和室で浴衣で語らう姿は、なんだか学生時代に羨ましかった男子たちのようで。
「面白すぎるなあ……」
 一気に見てしまって眼球が疲れてる。
 目を揉みしだきながら、洗面所に向かう。
 歯ブラシに歯磨き粉を垂らしていると、扉が開いて祥里が手を伸ばした。
「タオル」
「はいはい」
 用意すらしていないタオルを戸棚から取り出し、投げるように渡す。
 きっとこの人は八十歳になっても同じことしてくるんだろうなあ。
 シャカシャカと鏡を見つめて歯を磨く。
 これ以上を求めるのは贅沢かもしれない。
 今更新たな出会いもない。

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