担当とハプバーで
第2章 危険な好奇心
新色のリップで気分を上げた月曜日、出社の挨拶とともに花梨に褒められた。
「その色すっごく似合ってるわね」
「ありがとうございます!」
化粧は同性に褒められてこそ。
それが化粧のうまい美人だとなおさら気分がいい。
さらに気持ちが晴れて、業務の声も明るさを増す。
今日ならどんなに話が長いクレーマーにも、最後まで笑顔で対応ができそう。
そこは神様の意地悪というやつで、入社以来初めての件数のクレームが舞い込んだ。
そのうち二件の報告のやりとりで、朝の陽気は使い果たしてしまった。
終業と同時に席を立ち、足早に駅に向かう。
マンスリーショップで激甘のタピオカでも買って飲んでしまおうか。
ううん、痩せるはずでしょ。
ジムで走りこもうか。
ううん、今日は月曜日。
ハヤテに会いたい。
駅地下のお手洗いで化粧を直し、逸る気持ちを抑えながら電車の壁にもたれる。
水曜は動画で確認しよう。
今日行ったらもう二週間は少なくとも行かない。
絶対行かない。
動画で満足していたのだから。
またそれに戻るだけ。
月に二回も会えるなら、それだけで十分。
自分に言い聞かせ続けて、新宿まで景色を眺めた。
「おお、律儀なお姫様だ」
第一声から上機嫌なハヤテに、仕事の疲れが消し飛ぶ。
ニッコニコで隣に腰掛けると、メニューを手に取り開いて足を組んだ。
「今日は何飲みたい?」
いつもの黒いシャツでなく、赤い光沢のあるシャツと白いベストが似合いすぎて言葉が出てこない。
視線に気づいたハヤテがベストの襟をクイと引っ張って、良いだろうとばかりに微笑む。
「新色。似合っとる? 凛音の唇も新色で可愛いな」
「え。わかるの」
「眼と記憶力がいいもんで」
それがホストの仕事の一環だとしても、舞い上がらないわけがない。
にやけすぎないように頬に力を込める。
リップ塗り直してきてよかった。
早くお酒を頼まないと。
度数が強いやつで恥を飛ばしてほしい。
「ロックで焼酎とかでもいい?」
「露骨に潰しにきてる? 俺と飲み勝負だけはやめたほうがいいけど」
「絶対しないから大丈夫。ハヤテはシャンパンでもいいよ」
それを聞いたハヤテが無表情でメニューをパタンと閉じて、ヘルプに告げる。
「黒霧島とヴーヴ」
それから振り向いて言った。
「一緒にメニュー読もか」
教師のように。