担当とハプバーで
第3章 踏み入れた入口
大収穫って何よ。
下品な男。
飲み干してから席を立つ。
「チケット一枚無駄にしたね」
「いいや。葉野さんは来るよ」
グラスを傾ける手の甲の雄々しいこと。
何人抱いたんだろう。
酒のせいで変なことが過ってしまった。
相手は同僚。
これは気の迷いのサシ飲み。
さっさと帰って動画でも見よう。
「あ、ちょっと待って」
有岡の言葉に振り返ると、チャットアプリのコードを見せてきた。
「ライブ来る時、道に迷った時用に交換しとこ」
「行かないってば」
「大丈夫。挨拶メッセなんて送んないから」
祥里以外の男性の新規追加なんて。
いつぶりだろう。
あ、ハヤテがいた。
なあんか、別枠なんだよなあ。
画面の向こうの男と、隣の席の男。
同じ世界に生きているはずなのに。
登録したのを確認してから、有岡は調子よく手を振る。
「また会社でねー」
「はあ、ご馳走様」
貸しを作るのも癪だが、ここで支払うとごねて面倒な時間を長引かせたくもない。
金曜夜の駅は賑やかだ。
酔った人の群れ。
いろんな方向からチャンポンになった酒の香り。
ふらふらとぶつかりそうな影たちを避けて、なんとかホームまでたどり着く。
とんだ金曜日だ。
有岡が見かけ通りの男だったのがよくわかった。
社内でのからかいだけなら可愛かったのに。
週明け席替えを頼んでみようかな。
花梨に手間をかけてしまうかな。
「あー。意味わかんないなあ」
つい口からこぼれた独り言に、隣の中年男性が怪訝そうに視線をぶつけてくる。
すみませんね、酔っ払いで。
口を押さえてごまかす。
アプリを開けば、祥里からのメッセージ通知。
ーまだ帰ってないのー
え。
急いで通話ボタンを押す。
ホームの喧騒の中で耳に押し当てたスピーカーから、恋人の気だるい声がする。
「凛音のが先かと思ったんだけど。夕飯特にない感じ?」
「え、ごめん。今日は飲み会ないと思わなくて」
「部長が体調悪くて流れたんだよ。今どこ」
「まだ電車乗る前」
「飲みがあるなら先に言えよ」
「ごめん」
「まあいいや。いつも俺のが待たせてるし。帰ったら冷蔵庫にデザートあるから食べて。先寝るわ」
「わかった。ありがと」
「じゃ」
無音になった画面を見つめる。
なに。
柄にもなくデザート。
今日に限って。
ああ、頭痛い。