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担当とハプバーで

第3章 踏み入れた入口


「それで俺に話したくなって来てくれたんだ」
 月曜夜、ハヤテの隣に座っていた。
 やけになって一杯目からドンペリゴールドを頼もうとしたところ、とりあえずカフェパにしときなさいと止められて。
 土日はいつになく優しい祥里と遠出してランチした。
 美味しい魚介も、綺麗な景色も全部が何かを隠したいがために見えて、心から楽しめなかった。
 なんだか引き返せないところまで来てしまった気がする。
 毛玉を見つけたセーターが、どれほどお気に入りでも無価値に見えてしまうように。
 当たり前の日常の瓦解に耐えられるメンタルは持ち合わせていない。
「だって親にも友達にも言えないし」
「親には言えるんじゃ……ああ、心配かけたくないのか」
「ううん。ガッカリさせたくない。まあ、祥里と別れるとしたら向こうの浮気か借金か、そのくらいだけど」
「二択の一つが出てきてしまったわけ」
「その通り」
 次に来るのは来月で、コスプレの感想を言いに来るつもりだったのになあ。
 ハヤテは虚空を見つめてグラスの半分ほど喉に流すと、言葉を選ぶように顎に手を当てた。
「彼氏の肩持つわけじゃないけど、香水とか、髪の毛ってのはキャバでも飲み会でもくっつく可能性はある。けど、凛音は彼女としての直感もあるだろ。本当のこと聞く気ある?」
 本当のこと。
 それが、もし。
 もしもだよ。
 職場だの営業先だの、アプリだのの若い女の子に毎晩夢中ですって答えだったら。
「無理かな」
「見て見ぬ振りもキツイだろ」
「キツイ。でもね、ちょっと笑っちゃったのがね、これから冬になるでしょ。ここにもコートを着てくるようになるでしょ。ハヤテに会って、ここの香りをつけて帰宅して、ああ匂い誤魔化さないとなあって考えてたばかりだったの。天罰かなって、笑っちゃった」
「凛音はお客様としてきてくれてるんだから、悪いことは一つもしてないよ」
「うん。でも、私普通にハヤテのファンだし。祥里といるより今の方がずっと楽しい」
「それは光栄」
「でも、もし、祥里にもそういう女がいるとしたらさ、意味ないじゃんねって思ったの。なんのために一緒にいるんだろうって。お互い外に居場所求めあって、絶対うまくいかないじゃんね、そんなの」
 有岡には吐けなかった弱音までぽんぽん出てくる。
 ハヤテはホストと客との一線を言葉にしてくれるから。
 安心して全て話せてしまう。

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