担当とハプバーで
第1章 止まらぬ欲求
「おはよう、葉野さん」
「おはようございます」
職場に着くと毎朝挨拶をしてくるのは、上長の高篠花梨だ。
年は確か三十五。
一度も崩れているのを見た事ない化粧に、流行りのカラーを取り入れたオフィスカジュアル。
オレンジがかった茶髪は痛み知らずのようにキューティクルを輝かせ、合コンに出れば困ることは無いだろうなという風貌。
さらに週三でジムに走りに行ってるという体は、背中のラインが特に美しい。
結婚して五年。
体型を崩したくないから子どもは望まないと飲みの席で言っていたが、人様の家庭事情なんてその一言だけではわからない。
「今日は中日だから少し暇かもね」
ニコリと上品に微笑む。
声を上げて笑うのは稀で、いつも穏やかだ。
こんな女性になりたいと、二年前くらいは思ってたはずなんだけどな。
体重にこだわるのをやめて、無地の服を着回して、風呂上がりのストレッチだけになって、女性らしさへの貪欲さが消えた気がする。
「高篠さんは今日も綺麗ですね」
「やあね、安いナンパみたいなこと言わないでちょうだい」
本音が出てしまって、ピシャリと。
自惚れもなく、謙遜もない。
この人好きなんだよなあ。
ストレスの多いコールセンターは人の入れ替わりがとても激しい。
二日で来なくなる人もしばしば。
自分も何度辞めたくなったことか。
感情のないロボットだと思われているのか、人扱いされない言葉を投げられることも、暇つぶしのゲームのように問答を繰り返されることもある。
なんて無駄な時間なんだと絶望して働きつつも、女性であることを誇れと言わんばかりの高篠に、背中を叩いてもらいに出勤しているかもしれない。
六時を告げる音がなり、それぞれイヤホンをしまって業務報告を仕上げ、職場をあとにする。
残業がないのも救いだ。
申請すれば残業も可能だが、より稼ぎたい人以外は逃げるように帰る。
その日も電車に揺られて、夕飯を考えながら目を閉じた。
数秒目を閉じたつもりが、気づけば新宿のアナウンス。
「嘘、逆に乗った?」
急いで駆け下り、迷惑そうに睨む乗客の視線から逃げるようにホームから地下に降りる。
そこは東口改札の近くで、帰宅ラッシュの人並みに目眩がしそうだった。
反対向きの山手線に乗ろうと、標示を確認する。
その目線が、壁の広告に食いついた。