許容範囲内
第4章 疑う
パイプ椅子を二つ並べて、気まずい沈黙を下ろす。
七瀬は積極的に問うてくることはない。
相手が話すのを待つタイプだ。
だから付き合いの長い者は自分が話すしかないことを知っているという焦燥感が常にある。
八条はその記憶が抹消されていればいいのにと、ぼんやり床に視線を落としては彷徨わせた。
「一川っていうのは、こないだ美容院で出会った人なんですよ」
簡単には相槌を打ってくれない七瀬は、のんびりと紅茶を口に含んだ。
続けて、と促して。
「お互いにバツイチで意気投合して、俺がシェフって知って夕飯食べに家に来て泊ったんですね」
「キュウテンカイだ」
「そうですよね……」
カタコトで言われると正しくそうだと思わされる。
「で、翌日には忘れ物したらしくてまたうちに来て、飲みに行って泊めたんですね。今日がその、三日目で」
「今日も泊めるの?」
「え? いや……わかんないですけど」
「九出が食いついてるってことは、あれだよね。中性的な人なんだね、その人。二階堂先輩が好きそうな感じの」
「その名前出します?」
「出しません?」
思考スピードが一段違いの七瀬は理解も早いうえに、選ぶワードのセンスも無駄がない。
一分で事態を把握されてしまう。
膝に置いたカップを親指で叩いて、上唇をゆるく噛む。
考えるときの癖だ。
「んー。私は特に偏見はないけど。奥さんとの色んなものがそれで楽になるなら、今だけの付き合いでも一生の付き合いでも構わないんじゃないかな。二階堂先輩が目をつけるかもしれないし、つけないかもしれない。それも気軽く考えて、適度に仕事に集中できればノープロブレム」
すらすらと歌うように出てくる言葉に安堵する。
必要以上にこちらを追い詰めることも決してない。
五木と同期だが、似ても似つかない。
「安心だよ、安心。八条さんが離婚でどんなに落ち込んでて、どう挨拶すればいいのか飛行機で考えてたからね」
「第一案の第一声は何だったんですか」
「”人生いろいろあるよ”」
「……最高だ」
「あはは。ごめんね、休憩時間拝借して」
あっけらかんと笑って、七瀬はタイムカードを切りに行った。
九出と親友だけあって適度な距離の取り方が巧みだ。
ああなれば、コミュニケーションも楽だろう。
重い腰を上げて、昼下がりの仕事を脳内にリストアップして襟元を正した。