許容範囲内
第1章 愚痴る
「へえ。家そのまま貰ったんだ」
三十階建てマンションの中層部に位置する八条の部屋につかつか入りながら、一川は間取りを眺めて呟いた。
帰り道にスーパーで大量に購入した食料品を両手に提げながら。
酒の缶がぶつかり合って揺れる。
「ソファとか良いやつだね」
「少しは遠慮とかないのか、君は」
後から部屋の脱ぎ散らかした服を拾いながら入り、悪態を吐く。
靴は揃えていたな。
それでも家主よりも先に寝室まで物色するか、普通。
「八条さん! キングベッド!?」
どうでもよくなってくる。
首筋を押さえながら、声の元に向かう。
一川は荷物を置いて、ベッドの周りをうろうろと歩き回っていた。
「そうだが」
「料理人て稼げんだな……インド綿? 寝心地良さそう」
壁に肘をついて、呆れたまま観察する。
今日会ったばかりの男の部屋に易々と入る馬鹿と、今日会ったばかりの男を易々と部屋に入れる馬鹿。
全く、頭が痛い。
「一川君。君は家を明け渡したのか?」
ベッドに夢中になっていた彼が、草食動物が耳を立てるように素早く顔を上げる。
「そう。そうそう。一戸建てマイホームだったんだけど、子供と一緒に住むって」
「今はどこに?」
「隣駅のアパート」
「冗談だろ」
「十畳一間で水回りはキチンとしてる。でも羨ましいなあ。ここは広い」
広すぎるんだ。
一人にはな。
そう咥内で呟き、一川の置いた荷物を持ってキッチンに向かった。
とりあえず何か作るか。
腹は減っているし、すぐに調理できるものを選んで買ってきた。
鍋の水を沸騰させて、野菜をボイルしつつ、塩だれで味つけた千切りキャベツをバラ肉で巻いていく。
余熱で温めたオーブンに細切れにしたプロセスチーズをまぶした惣菜のメンチカツを入れ、扉を閉める。
トマト缶を鍋に空けて、プロセッサーでにんにくとピクルスにマヨネーズを混ぜ合わせてタルタルソースにする。
胡椒は強めで良いだろうな。
熱したフライパンにクッキングシートを敷いて肉巻きキャベツを調理する。
あとはサラダか。
ベビーリーフとレタスにプチトマト、水にさらした紫玉ねぎ。
チーン、とオーブンに呼ばれる。
平たい白い皿にメンチカツとサラダを盛り付けて、タルタルソースを添える。
ボイルしてカット済みの野菜は作りおきのフリット生地にくぐらせて揚げる。