
月のウサギは青い星の瞳をしているのか 〜キサンドリアの反乱〜
第10章 ビクトリア
ビクトリアは胸ポケットから煙草を取り出す
コーエンは「あッ!」と声を出す
スペースコロニーだけでなく月面基地でも不用意な燃焼物は禁止されている
それでなくても酸素は貴重なのだ
無駄な燃焼は許されない
「なによ? 本物の煙草のわけないでしょ」
煙草の先端は赤く点滅した光を放っている
ピピピッ、と音が鳴る
人工興奮剤だ
コーエンが見たことがあるものは軍の支給品のタイプだが、この民生品はかなりキツそうだ
ビクトリアの眼はうつろになっている
薬物中毒まではいかないが、非合法なものは精神に異常をきたすと、聞いたことがある…
「……ふぅ」
彼女は深い息をつくとベンチの背もたれに身体を預けた
キアラは興味深そうに見つめている
それを見ながらコーエンは、ヤバそうな人だなと反射的に思っていた
「……ところで、アンタたちはここで何をやってたんだ? って市民の公園だったな……
見境いなかったのは私のほうだったな
アンタらスラムの子か?
まさかアッパー(上流階級)の子のわけないよな、アッパーの子供が大人の監視無しにこんな所をうろつく筈がない
どぉれ、せっかくだから送っていってやろう」
ビクトリアは立ち上がった
「ぼ、ボクたちは仕事で立ち寄っただけの旅行者だ!宿へは自分たちで帰れるよッ!」
コーエンはこれ以上この女に関わりたくないと思っていた
キアラも立ち上がった
「お姉さん、どうして男を欲しがったの?」
「んん? そぉだなぁ、好奇心?
興味本位? 性欲解消?
理由なんて、どうでもいいのさ
わたしは独りモンでね
結婚もしていたけど、今は独りなんだ
だけど固定の相手は要らない
そのとき、その瞬間に相手してくれるオトコが居れば、それでいいんだけどね……」
三人は公園の道を進んで、エレベーターホールのほうへ向かっていった…
