
マッチ売りの少女と死神さん
第9章 1月3日…お別れの調ベ 後編
………サラがもう限界と思う直前、急速にその感覚が遠のいた。
「ではごゆっくり」
クラース氏が部屋を出ていくと同時に、サラはくたりとホーリーの胸にもたれかかる。
「ひ…ひどい……もう、ホー……リーさ」
────感じやすいサラちゃんが悪いんだよ。
(きっとこういう時の彼って、意地悪そうにニヤニヤしてるに違いないわ)
サラは頬を膨らませた。
サラが息を整えるまでの間、彼の音楽が彼女の耳を撫でていた。
両手で一つ一つ、音色を確かめていたそれらが旋律となる。
左右の音が交ざり、淡い強弱をつけ、一音が眩く光を放つ。
耳で聴くはずの音楽が瞼の裏で大小に輝き、サラは思わず鍵盤に目を向ける。
見えるはずのない、ホーリーの長い指が次々にキーを捉えて曲を奏でる。
軽やかでありながら複雑に絡まり合う音階。
聞き覚えのない曲は豊かに膨らみ、戯れ、弾けては短い音調で忙しなく重なり。
………圧倒された。
こんなに上手くピアノを弾く人をサラは生まれて初めて見た。
しまいに鍵盤の上で、小さな人々が楽しそうに踊って音を奏でているような錯覚に陥りそうになる。
ピアノとは五感で聴く楽器であると、サラは小さな頃におばあさんから教わった。
その意味を、サラは今晩知った。
「………素晴らしいわ」
そして感嘆の声を漏らす。
