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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

そのときだった。
 一陣の風が莉彩の傍を吹き抜けていった。
 腕に抱えたリラの花びらが数枚、風に乗って飛んでゆく。ひらひらと舞い流されてゆく薄紫の花びら。
 莉彩は思わず、高く舞い上がった花びらを眼で追った。その刹那。
 ユラリと視界が歪んだような―気がした。
 風に舞う花びらが濁流に呑み込まれてゆくように、ある一カ所から消えてゆく。それは不思議な光景だった。空間に小さな小さなひずみが生じて、その穴に花びらが呑み込まれてゆくような感じだ。
 息を呑んでいる中に、その穴はどんどん大きくなってゆく。莉彩は花びらだけでなく、自分までもがその穴に吸い込まれてしまうのではないかと怖れた。
 その間にも周囲の光景は、ますます歪んでゆく。目眩でもしたのかと訝しむ莉彩の周囲の空間がまるで圧縮されたかのように急に濃度を増す。
 キーンと耳障りな音が聞こえ、莉彩は思わず耳を押さえた。まるで突如として、水の中か無酸素状態の場所に投げ込まれたかのようだ。自分を保っているのがやっとという有様だったが、それは長くは続かなかった。
 時間にしてみれば、わずか数秒のことだったろう。
 固く閉じていた眼を開いた時、莉彩は我が眼を疑った。眼前にひらけているのは、確かに見憶えのある風景に他ならなかった。
 人気のない道、小さな店がぽつり、ぽつりとまばらに建つ町外れの川にかかる名もない橋のたもとに彼女は立っていた。
 五百六十年先の日本にも、この付近にとてもよく似た場所がある。莉彩はついたった今まで、そこにいたはずだ。なのに、たった一瞬で、全く違う国の違う時代へと来た。
 そう、莉彩は再び時を越えたのだ!!
 それは二度と起こらないであろうと諦めていた奇蹟だった。
 たまに思い出したように傍を通り過ぎてゆく人が怪訝な表情で莉彩を見ている。
 どの人もがかつて見たように、朝鮮王国時代の服装をしていて、現代の韓国でも見かけないようなものだ。莉彩の母が好んでよく見る韓流時代劇にしか出てこないような時代がかった衣裳である。
 ああ、十年前、初めて時を飛んでここに来たときには、眼の前が真っ暗になるほどの衝撃を受け、絶望した。なのに、今はどうだろう。

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