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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 だが、莉彩はそれらの仕事を率先して行った。確かに自分がしたこと―無断で出宮したことは、この時代の常識でいえば容易く許されて良いことではない。それに、女官としての経験が浅いのも事実だったから、下積みとしての仕事をこなすのは当たり前だと思ったのである。
 宮殿に戻った日以来、王とは何度か逢う機会はあった。とはいっても、輿で広い宮殿内を移動する王を遠くから見かけたといった程度のものだ。しかし、王はどんな遠くからでも莉彩を見つけ、気軽に声をかけてきた。
 莉彩は深く頭を垂れて〝聖恩の限りにございます〟としか応えない。全く形式どおりのやり取りではあったが、それでも莉彩は十分幸せだった。二度と逢えないと思っていた男に逢える。大好きな男が生きている時代に自分もまた生きている。
 同じ空を見て、同じ空気を吸い、同じ月を見る。まさに夢に見た至福のひとときを自分は味わっているのだ。
 この時代にいつまでいられるのかも実のところ、莉彩は知らない。多分、自分で来ようと思ったときに来られる―というような簡単なものではないのだろうと思う。何かの条件が幾つか重ね合わさったときに、時の扉が開くのではないか。
 例えば、今回、莉彩が時を越えられたのは、王と約束した〝十年後のリラの花の咲く頃〟だったからではないか。二人の交わした約束に、リラの花の簪が共鳴した―。
 十年前に初めてこの時代に飛んだ日、不思議な老人がこう言った。
―時を越えておいでになったお優しいお嬢さま。今、お嬢さまの御髪に挿している簪はこちらの世界とあちらの世界を繋ぐ鍵となる大切なものにございます。
 多分、時を越えるためにリラの花の簪は絶対に必要なものに違いない。それに更に残りの必要な条件が揃った時、あちらとこちらを繋ぐ道ができ、扉は開かれる。
 もし、あれが仮に九年後であったとしたら、時の扉は開かなかったのかもしれない。
 意図して時を行き来することができないのだとすれば、逆に偶然が幾つも重なり、突然に時の扉が再び開くこともあり得るだろう。つまり、再会と同じく王との別離がいつ訪れるのかも莉彩には皆目見当がつかないのだ。
 もしかしたら、別れは明日かもしれない、今夜かもしれない。ならば、つまらないことで悩んだりしている時間はない。与えられた時間を大切に過ごしてゆかなければ。

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