テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 幾ら二十六にもなって一度も男性経験がないからといって、莉彩だって、〝側室〟が何を意味し、どのようなことをするのかくらい知っている。
 でも、この場で側室の務めについて言及するのは気が引けた。莉彩が愕いたのは、王が何故、ここでいきなり側室になれなどと言い出したかということだ。
 莉彩の戸惑いは端から予想していたらしく、王は穏やかな声音で続ける。
「むろん、そなたがその気になるまで待つ。それを口実にそなたを強引に我がものにしようと企んでおるわけではないぞ。だが、側室という立場になれば、一介の女官とは違い、そなたを守ってやれる。このように手が荒れる辛い仕事なぞせずとも良いし、きれいな着物や美しい簪も買ってやれる」
―そなたを側に置いて、守ってやりたいのだ。
 王の優しさは、莉彩にもよく理解できた。
 嬉しさが込み上げ、莉彩は眼頭が熱くなる。
「殿下のお気持ちは嬉しいです」
「そなたを抱きたいと思う気持ちは正直申せば、私の中にないとは申せぬ。いや、このように大人びて美しうなったそなたと二人きりでいると、私自身、一日も早くそなたを私のものにしたくてたまらぬ。だが、莉彩。私が欲しいのは、そなたの身体だけではない。私はそなたのすべてが欲しいのだ。今、ここでそなたの身体を奪うのは容易いが、それでは、私は、そなたの心を永遠に失うことになるだろう。ゆえに、私は厭がるそなたに無理強いをするつもりは毛頭ない」
 そなたが欲しいのだ。それは、あまりにもストレートな言葉だった。だが、それだけ王の莉彩への想いが伝わってくる。この時、莉彩は初めて、自分もまた愛する男から愛されているのだと実感した。
「先ほども申し上げたように、私は今の仕事を辛いと思ったことはありませんし、着物も簪も欲しくはありません。私はただ、殿下のお側にこうしていられれば十分。いえ、時折殿下のお姿を遠くからお見かけするだけで良いのです」
 莉彩の眼に涙が溢れ、つうっと透明な雫がころがり落ちた。
「莉彩は可愛いことを申すな」
 王が笑って手を伸ばすと、人さし指でその涙を拭った。
「ところで、莉彩。そなたは、私が来るまで何をしていたのだ?」
 王が話題を変えたがっているのを知り、莉彩もまた微笑んだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ