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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 背後の小机を振り返り、立ち上がる。机の上に載っていた小さな紙片を手にしてくると、再び王の傍に座った。
「これをご覧下さいませ」
「うん? これは何だ」
 王が興味深げに紙片に見入る。
 莉彩は脇から説明した。
「押し花にございます。実際に咲く生きた花をきれいなままの形で残しておくことができます。つまり、生花を分厚い本などの間に挟み込み、水気が無くなってしまうまで完全に乾燥させるのです」
「この花は、りらの花ではないのか?」
 博識家としても知られる王は、また何に関しても好奇心旺盛だ。莉彩に対しても、疑問に思うことは何でもすぐに質問してくる。莉彩もまた自分の知る限りにおいて、できるだけ正しくかつ丁寧に応えるように心がけていた。
「おっしゃるとおりです」
 莉彩が頷くと、王は膝を打った。
「なるほど、そなたも考えたものだな」
 ひと月前、再びこの時代に現れた時、莉彩はリラの花束を持っていた。それを見た王が莉彩に言ったことがあったのである。
―りらの花をこの国で栽培することはできぬであろうか。
 莉彩は園芸には詳しくないが、この時代の朝鮮でもライラックを栽培することは全く不可能というわけではないだろう。
 が、莉彩は真顔で王に首を振った。
―殿下、それはなりません。
―何故?
 怪訝そうな表情の王に、莉彩は真摯な眼を向けた。
―この時代の朝鮮において、リラの花は存在しません。私が知る限り、リラの花がこの国に伝来するのは今から少なくとも百五十年近くは後のことになります。この時代にはない植物を今、私が持ち込めば、歴史が変わります。それは絶対にあってはならないことなのです。
―では、今しばらくは、りらの花は幻の花でなければならぬのだな。
―さようにございます、殿下。
 王は賢明な人だ。それだけのやり取りで、莉彩の意図を充分に察してくれた。
 莉彩が時を越えて、この時代に滞在する際、最も気をつけている点でもある。けして、歴史に関与しないこと。

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