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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 もっとも、厳密にいえば、こうして未来人の莉彩が後に歴史上に足跡を残すことになる徳宗と一緒にいることだけでも、はや歴史に拘わっていることになるのだけれど。
 自分の愛した男が国王でなければ、良かったのに。そんな時、莉彩は心底そう思った。
 徳宗が町中で見かける職人や商人であったなら、莉彩もまた現代と決別して、愛する男とこの時代で生きてゆく覚悟もできる。たとえ名を知られることもなく歴史の底に沈んでいったしても、愛する男と二人、市井の片隅でひっそりと生涯を送るのも悪くはないだろう。
 だが、それは所詮、見果てぬ夢であった。
 徳宗といる限り、莉彩は歴史や時代の流れと無関係ではいられない。莉彩自身がどれほどちっぽけな存在だとしても、朝鮮国王の傍にいて、その寵愛を受ければ、莉彩は王の妃となる。その時点で、徳宗の後宮にいるはずのない女が王の傍に侍ることになり、歴史が本来あるべき姿から形を変えてしまうのだ。
 それだけは絶対に避けねばならない。タイムトラベラーとしての最低限のマナーでありルールであった。
 リラの花を朝鮮全土にひろめたい―、王の願いを受け容れられなかった莉彩がせめてその望みを少しでも叶えたいと思いついたのが、花を押し花にして残すという方法だった。
「殿下、これはどうか殿下がお持ち下さい」
 莉彩はリラの花を押した紙片を王に差し出した。
「ご書見になる際、栞として本の間に挟んでお使いになって頂けば良いのではないでしょうか」
 王が受け取った紙片をじいっと眺めた。
 咲き誇っていたときほど色鮮やかというわけにはゆかないが、それでも紙に閉じ込められた可憐な花は淡い紫を充分にとどめていた。
「どうなさいましたか? お気に召しませんでしたか?」
 淡く笑んだ莉彩を王の逞しい腕が引き寄せた。
「莉彩、私は怖ろしい」
「―」
 何も言えないでいる莉彩の背に手を回し、王は低い声で言った。
「そなたと共にいればいるほど、私はそなたをますます愛するようになってゆく。だが、そなたはいつかまた、十年前のあのときのように私の傍からいなくなってしまうのだろう―。その時、私は、どうすれば良いのか」

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