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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

淑妍は徳宗が誰よりも信頼する母にも等しい人なのだ。恐らくは王が淑妍に何もかも打ち明けているのではないかと莉彩は思っていた。淑妍の今の言葉は、それを何より物語っているようにも思える。
「先刻、ここに来る前に、殿下にもお眼にかかってきました。殿下がしきりに零しておいででしたよ。莉彩にあのような雑役婦のような仕事ばかりさせるのは我慢ならぬとぼやいておいででした。ですが、後宮女官には、またその掟があり、ましてや莉彩は新米同然の身ゆえ、当分は雑務ばかりをこなすのも致し方ございません、今しばらくはご辛抱あそばせと申し上げておきました」
 淑妍は涼やかな笑い声を立てながら、既に洗い終えた洗濯物を手に取った。
「私も手伝いましょう」
「滅相もありません。尚宮さまにそのようなことをして頂いては、今度は私が殿下に叱られます」
 莉彩が止めても、淑妍は笑って首を振る。
 手慣れた様子で洗濯物を張った綱に干してゆく。
「気にすることはありません。私だって、はるか昔はそなたのように、こうして洗濯物の山と日々、格闘していたのですもの。殿下のお気持ちはよく判ります。どなたも殿御は愛しい女に辛い仕事はさせたくはありませんものね。殿下が尚君長(提調尚宮)にひと声おかけになれば、そなたを下働きから内仕えに回すことは簡単なことです。けれど、そうすれば、そなたは他の女官たちから殿下のご寵愛を傘に着たと余計に悪しく誹られることになるでしょう。それは、そなたのためにはなりません。かえって妬みを買い、後宮に要らぬ敵を作るだけですからね」
 話している間も、淑妍は手際よく洗濯物を干していった。
 二人はしばらく無言で洗濯物を干すことに集中した。淑妍のお陰で、随分と手間が省け、直に洗い終えたものがすべて蒼空に翻った。
 清々しい五月の空に洗い立ての白衣が風になびく光景は何とも気持ちの良いものだ。
 莉彩がその光景をホッとひと息つきながら眺めていると、傍らに淑妍が並んだ。
「綺麗になりましたね」
「はい、尚宮さまのお陰で随分と速く片付きました」
 莉彩が礼を述べるのに、淑妍がフッと笑った。莉彩は一瞬、自分が何か妙なことを口走ったかと当惑する。

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