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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 役付きの尚宮は原則として国王の夜伽を務めることはないが(もっとも、役付きとなると、殆どが勤続何十年という年配のベテラン女官ばかりで、手の付きようがない)、一般の女官がお手つきとなった場合、一般の尚宮と区別して〝承恩尚宮〟、〝特別尚宮〟と呼ばれることがあった。むろん、この場合、尚宮とは特別待遇を与えるための呼称にすぎず、実質的に何の任務が課せられるわけではない。この名称を与えられた尚宮は、概して後宮―つまり正式な側室になれることはなかった。
 好き勝手なことを言い合っている娘たちを尻目に、莉彩は思いきり肩をすくめた。
「お生憎さま、私は殿下のお手つき女官なんかじゃありません! 言いたいことがそれだけなら、私はもう行くわ。あなたたちほど、暇じゃないから」
 莉彩のそんな態度が、娘たちの妬みとやっかみに火を注いだらしい。
「言ったわねぇ、何て生意気なんでしょう」
「こんな業腹な女、見たこともない」
 ひょろ長いのと小さいのが二人、怒り心頭に発した様子で、物凄い形相で飛びかかってきた。
 あっと叫ぶ間もなく、莉彩は二人に両側から腕を掴まれ、傍の池に投げ込まれていた。
 情けない話ではあるが、莉彩は泳げない。せいぜいが十メートルほどバタ足で進む程度のもので、小学校低学年並である。
 更に、彼女にとって不幸なことに、巨大な池は予想外に深かった。しばらく水面でもがいていた莉彩を眺め、女官二人は、やれ良い気味だとはしゃいでいた。
 他の女官たちもこれで溜飲が下がったと愉快そうに高みの見物ときている者もいるし、中には不安げに顔を見交わす者たちも少数ではあるけれど、いた。しかし、ほどなく莉彩の姿が水面下に隠れて、完全に見えなくなってしまうに及んで、中心になっていた二人は蒼白になった。
「どうしよう?」
「大丈夫よ、きっと、放っておいたって、一人で帰ってくるわよ。あれほど向こう見ずで負けん気の強い娘だもの」
 二人は口々に言い合い、後を振り返ろうともせずに脱兎のごとく立ち去った。その後を追うように数人の女官たちも素早く走っていなくなる。
「あ、あっ」

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