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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

もう、駄目。
 固く眼を閉じた莉彩がいよいよ最期の瞬間が来るのを覚悟したその時、力強い腕が莉彩を抱きしめた。
「危ないッ」
 若い男のように聞こえる声は、しかし、聞き慣れた慎吾のものではなかった。
 それでもまだ、莉彩は眼を開けられなかった。恐怖のあまり、身体は震え、身体中に冷や汗が滲んだ。
 だが、予想に反して〝その瞬間〟は一向に訪れなかった。更に幾ばくかの刻が経過した。
 莉彩にとっては果てしない長さのように思われたが、現実にはたいした時間ではなかったはずだ。なおも現実を避けようとするかのように眼を閉じ続ける莉彩の髪をそっと撫でる手のひらがあった。
「もう、大丈夫だ」
 深い、心に滲み入るような声音に、莉彩はそっと眼を開く。視界に映じたのは、見知らぬ男の貌であった。年の頃は三十そこそこくらい、抱きしめられた腕の感触は逞しいという形容がぴったりだったけれど、顔立ちは存外に整っている。
 いや、整っているどころではない。そこら辺にいる並の女よりはよほど美しいと思えるであろう端整な風貌であった。かといって柔弱な優男といった印象ではなく、精悍さと優美さが絶妙のバランスで調和した天性の美貌である。
 莉彩も女性にしては背の高い方だという自覚はあるが、男は更に頭一つ分高い。百六十センチの莉彩がはるかに見上げるほどだから、ゆうに百七十五はあるに違いない。
 ふいに違和感を憶える。
 莉彩の視線が男の全身を忙しなく辿った。
 男は帽子を被っているが、現代ではあまり見かけないタイプのものだ。強いていえば形そのものはシルクハットに似ていないこともないが、顎の部分(顎紐が来る場所)に、紐の代わりに玉を連ねたような首飾り状のものがついている。更に男の着ている服は何とも奇妙というか珍妙だった。
 これも見かけは着物に似た丈の長い上衣をゆったりと羽織り、その下には白の下着(上下に分かれているようだ)を纏っている。
―この服装は、どこかで見たことがある。
 莉彩は首をひねった。記憶を手繰り寄せようとしても、なかなか思い出せない。そんな莉彩の耳を突如として怒声が突いた。

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