
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第1章 邂逅~めぐりあい~
「一体、どういう了見なのだ! 天下の往来をそのように気の狂った猪のように無茶苦茶に走ってくるとは正気の沙汰とは思えぬ」
ハッと我に返ると、先ほどの男が腕組みをして仁王立ちになっている。その真ん前には荷馬車が一台、立ち往生していた。男は丁度、その行く手を塞いでいるようにも見える。
「お、お許し下さいませ。私は様々な布を扱う商人にございます。商品の納期がかれこれ数日近く滞っておりまして、一刻の猶予もない状態だったのでございます」
荷馬車を駆っていたかと思われる男は、老人だった。白髪に豊かな眉、顎髭ともに雪のように白く、どことなく仙人とはこういう風貌をした人なのではないかと思えてくる。
幾多の風雪を経てきたことが、彼の面に刻まれた無数の皺で判る。
「そのようなことは言い訳にはならぬ。そなたはひと一人の生命を奪うところだったのだぞ! もし私が助けなければ、この女人は間違いなくお前の操るこの車に轢かれていたはずだ」
男は怒気を含んだ声で鋭く指摘すると、莉彩を振り返った。
「幸運にも事なきを得たゆえ良かったようなものを、万が一にもこの女人を轢いていたら、何とする」
老人はその場に這いつくばった。
「そのことは十分に承知しておりましてございます。不注意はこうして伏してお詫び申し上げます。されど、私どもも生きておるのでございます。この商品が定められた刻限に間に合わなければ、一家揃って首を括る羽目になるところでございました。商いをせねば、明日、いや今日の米さえ買えぬほど貧しい者の苦労が畏れながら、あなたさまのような生まれながらの両班(ヤンバン)のお方にお判りになるはずがごさいませぬ」
頭を地面にこすりつけながらも、老人は怖れも知らず訴え続ける。
男が唸った。
「無礼者めが。自らの過ちを殊勝に認めるどころか、そのような聞き苦しい言い訳をするとは」
老人の物言いは、男の怒りを更に募らせたようだ。端整な貌を朱に染める男に、莉彩は首を振った。
「どこのお方かは存じませんが、危機をお救い下さったことに心からお礼を申し上げます。でも、見れば、あちらの荷馬車を轢いていた人はお年寄りです。もうどうかそれ以上、お怒りにならないで下さい」
ハッと我に返ると、先ほどの男が腕組みをして仁王立ちになっている。その真ん前には荷馬車が一台、立ち往生していた。男は丁度、その行く手を塞いでいるようにも見える。
「お、お許し下さいませ。私は様々な布を扱う商人にございます。商品の納期がかれこれ数日近く滞っておりまして、一刻の猶予もない状態だったのでございます」
荷馬車を駆っていたかと思われる男は、老人だった。白髪に豊かな眉、顎髭ともに雪のように白く、どことなく仙人とはこういう風貌をした人なのではないかと思えてくる。
幾多の風雪を経てきたことが、彼の面に刻まれた無数の皺で判る。
「そのようなことは言い訳にはならぬ。そなたはひと一人の生命を奪うところだったのだぞ! もし私が助けなければ、この女人は間違いなくお前の操るこの車に轢かれていたはずだ」
男は怒気を含んだ声で鋭く指摘すると、莉彩を振り返った。
「幸運にも事なきを得たゆえ良かったようなものを、万が一にもこの女人を轢いていたら、何とする」
老人はその場に這いつくばった。
「そのことは十分に承知しておりましてございます。不注意はこうして伏してお詫び申し上げます。されど、私どもも生きておるのでございます。この商品が定められた刻限に間に合わなければ、一家揃って首を括る羽目になるところでございました。商いをせねば、明日、いや今日の米さえ買えぬほど貧しい者の苦労が畏れながら、あなたさまのような生まれながらの両班(ヤンバン)のお方にお判りになるはずがごさいませぬ」
頭を地面にこすりつけながらも、老人は怖れも知らず訴え続ける。
男が唸った。
「無礼者めが。自らの過ちを殊勝に認めるどころか、そのような聞き苦しい言い訳をするとは」
老人の物言いは、男の怒りを更に募らせたようだ。端整な貌を朱に染める男に、莉彩は首を振った。
「どこのお方かは存じませんが、危機をお救い下さったことに心からお礼を申し上げます。でも、見れば、あちらの荷馬車を轢いていた人はお年寄りです。もうどうかそれ以上、お怒りにならないで下さい」
