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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 多分、臨女官は、父の言っていた〝一緒にいて寛げる女〟なのだろう。その心映えの良さが内面から光り輝き、臨女官のまあまあ美人といった程度の容色をよりいっそう美しく見せている。
 とにかく、誰が何と言おうと、花芳は臨女官の味方だと自負している。それに、もし仮に臨女官が国王殿下の寵愛を受けているという話が真実なら、臨女官と近づきになっておくのも悪くはない。臨女官が将来、側室となり、位階を賜ったら、花芳も時めくお妃さまの侍女として幅をきかせることができる。
 ―と、花芳は、損得勘定もできる娘だった。
その臨女官が大変だと、この太っちょの女官は訴えている。
 今日の午後、花芳は臨女官の部屋を二度、覗いて見た。だが、彼女の姿は見当たらず、他でも見かけた憶えはない。
 昼間から自分の仕事を放り出すような人ではないことはよく判っている。少しだけ不審には思ったけれど、まさか臨女官の身に何かあったとまでは考えていなかった。けれど。
 迂闊だったかもしれないと、花芳は唇を噛む。
「ねえ、臨女官がどうしたっていうの? 彼女に何かあったっていうの」
 太った娘の胸倉を掴んで思いきり揺さぶりたい衝動を、花芳は必死に堪えた。
 彼女に付いて小走りに駆けながら、花芳の胸は妙な皆騒ぎに見舞われていた。
 南園の池まで来た時、突然、太った娘が立ち止まった。
「こっ、ここ」
 震えながら指さした方を何げなく見て、花芳はヒッと息を呑んだ。
 それは―さながら水死体のようだった。髪から服まで全身が水にぐっしょりと濡れ、顔色は全く血の気がなく、蝋のように白かった。
 唇は紫色に変色している。花芳は、この気の毒な溺死人をよく見ようと顔を更に近付け、思わず叫んだ。
「臨女官ッ」
 花芳は慌てて臨女官の顔にぐっと近づいた。かすかだが、確かに呼吸をしている。そのことを確認し、花芳はほうっと安堵の吐息を洩らした。
「何をしてるのよ? 早く誰か人を呼ばなくちゃ。それよりも医者、医者よ。尚(サン)薬(ヤク)(宮廷医、宦官)どのを呼んできて」
 花芳は背後でおろおろしている娘を怒鳴りつけた。
「何故、こんなになるまで放っておいたの?」

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