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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

「わ、私、怖くて。さ、尚宮さまに叱られるから、ど、どうしても、い、言えなくて」
 そこで、花芳はハッと思い当たった。
「まさか大妃さまの宮の女官たちが、こんな酷いことを?」
「わ、私は止めようって言ったのにィ。あ、あの人たちが私を引っ張り出して、こ、こんな、こ、ことに。だから、私、こんなことがばれたら、さ、尚宮さまにし、叱られるんじゃないかと思って」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。人ひとりの生命がかかってるのに」
 叱り飛ばされ、太っちょ女官が泣き出した。
 その時、花芳ははたと思い直した。
 わあわあと破(や)れ鐘も負けんばかりに盛大な泣き声を上げる女官の傍らで、妙に冷静に考えたのである。
 花芳のように、臨女官を慕う者は後宮女官の中にも結構多い。皆、臨女官よりも格下だったり、幼かったりする女官たちだ。また、朋輩から妬まれる臨女官を気の毒に思う心ある者たちもいるのだが、他の女官に睨まれるのが厭で表立って臨女官の味方ができないでいる。
 今の臨女官の立場は微妙なのだ。これが正式に認められた側室であれば、女官たちは誰もが臨女官に一目置いて、へりくだらねばならない。国王殿下がそこまで臨女官に執心あそばされているのなら、早くに位階を与え、正式な側室とすれば良いのだが、どういうわけか、国王殿下は臨女官を一女官のままにしている。
 曖昧な国王殿下の態度―或いは優柔不断さが余計に臨女官を窮地に陥れている。こういう時、男という生きものは上は国王から下はその日暮らしの庶民まで、つくづく卑怯だと思わずにはいられない。
 が。少なくとも、臨女官を憎んでいる女官たちの手に臨女官を託すよりは、国王殿下に知らせた方が良いのではないかと花芳は素早く考えを巡らせた。
 花芳は、まだ泣いている女官に言い聞かせた。
「良い、これから私が言うことをよく聞いて。臨女官のことは、誰にも言っちゃ駄目よ?」
 女官はそれでもまだ泣いていたが、やがて、パッと泣き止んだ。その丸い顔は涙でぐしゃぐしゃで、到底見ていられない。
「え、で、でもっ。このままじゃ、本当にし、死んじゃうわ」

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