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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 花芳はもう凛々しい王に見惚れているとごろではなくなった。王の冷静さは、かえってその逆鱗の深さ、烈しさを物語っているようだ。
 震える声で応える花芳に、王が今一度訊ねた。
「その女官というのは、どこの宮の者か」
 流石に唇がわなないた。
 花芳の躊躇いを見て、王はすべてを悟ったらしい。
「―大妃殿の女官なのか?」
「はい、殿下」
 花芳はもう顔も上げられなかった。王のあまりの怒りの深さにただただ怖ろしくてたまらない。
「守女官はご苦労であった」
 〝もう下がって良い〟と言われ、花芳と太った女官は這々の体で御前を下がった。
 もしかしたら、自分が金大妃に仕える女官たちのことを密告したと、後で大妃や孔尚宮に睨まれることになるかもしれない。そうなればそうなったで、後宮にはいられなくなるだろう。
 大妃は怖ろしい女だ。ひそやかな噂でしか知らないけれど、敵や気に入らぬ者を蹴落とすためには手段を選ばないという。かつて大妃に疎まれ、王の寵愛を一身に集めていたという寵妃が大妃の手によって消された。
 それも、ありもしない姦通事件をでっち上げられ、不名誉極まりない罪を着せられて服毒死させられたのだ。大妃の残酷さは、自らの手でその寵妃を殺さず、妃を熱愛する王に愛妃がひそかに浮気していると囁き、その嫉妬心を煽り立てたところにある。まだ二十歳になったばかりだった王は嫉妬に狂い、無実を訴える妃の言い分を聞こうともせず、大妃の言うがままに毒を与え、自ら自害するように妃に命じた―。
 王の熱愛する妃ですら、そうなのだから、たかだか一介の女官を始末することなど、大妃にとっては痛くもかゆくもないだろう。
 ああ、このことで大妃に睨まれたら、もう宮殿では生きてはゆけない。
 花芳はうなだれながら、大殿を退出した。
 だが、裏腹に、蒼白だった臨女官の顔を思い起こし、やはり、あのまま臨女官を見捨てることはできなかったとも思うのだった。
 それからしばらくの間、花芳は良心と保身の狭間で苦しむことになった。
 が、彼女が莉彩の不幸を誰にも知らせず、莉彩を真っすぐに王の許に運んだことは莉彩自身の運命を大きく変えることになる。

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