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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

莉彩が頼りなげな声で呟いた。その瞳はまるで親鳥にはぐれた雛のように不安に揺れている。
 王の心は女への愛おしさに締めつけられた。
―ああ、天地(チヨンチ)四(シン)明(ミヨン)の神よ、私の願いをお聞き入れ下さり、ありがとうございます。
 自分でもさして信仰心のある方だとは思ったことはないが、これほど神に真剣に祈り、感謝を捧げたことはいまだかつてなかった。
「ずっと気を失っていたのだ」
 幼子に言い聞かせるように言うと、莉彩が眼をまたたかせた。
「私、池に落ちたんです。でも、もう駄目かと思ってたのに、どうして―? 助かったの?」
「怖い目に遭ったのだな。もう、大丈夫だ。そなたを二度とこんな目には遭わせぬ。そなたを苦しめた者たちの正体は判っている。大妃殿の女官たちは、私が厳罰に処してやる。このような馬鹿げたことは二度と考えつかぬように懲らしめてやろう」
 優しく囁きかける王に、莉彩が嫌々をするように小さく首を振った。
「殿下、それだけはなりませぬ。私のために、大妃さまと争おうなどとお考えにならないで下さい」
「何故だ? あのような女をそなたが庇う必要はない。そなたは危うく生命を落とすところだったのだぞ?」
 王が語気も鋭く言うと、莉彩は微笑んだ。
「このたびのことが大妃さまの差し金だとは思えません。大妃さまであれば、私を池に落とせなどという子どもじみたことを命じたりはなさいませんでしょう。女官たちが意趣返しに勝手にやったことですので、大妃さまにお咎めなどございませんようにお願いします」
「うむ、それは確かにそなたの申すとおりではあろうが」
 王は不満げに唸る。
 考えてみれば、莉彩の言うとおりだ。あの狡猾で誇り高い女が、女官を使って、しかも昼日中に池に突き落とすなどという幼稚な手段を使うはずはない。
 それにしてもと、王は莉彩の聡明さと優しさにつくづく打たれた。どんなときでも、自分の感情に溺れるということがない女だ。死地をさまよった直後でさえ、自分を陥れようとしたかもしれない相手を思いやり、状況を冷静に分析することができる。

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