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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

 老人が頷きながら、笑みを浮かべた。
「はるかな時を越えておいでになったお優しいお嬢さま。どうか、今、御髪に挿している簪を大切になさいますように。その簪は、お嬢さまとあちらの世界を繋ぐための大切な鍵にございますよ。そして、私からの忠言にございますが、今度、めぐり逢われるお方の手を二度とお放しなさいますな。先刻、私は未来を変えることはできぬと申し上げましたが、後世の歴史で語られている出来事なぞ所詮は勝者の都合良きように作られたものにございます。真実は存外に史書では語られぬことが多い。ゆえに、歴史の表舞台から去っても、裏側で逞しく生きていった人たちもいるでしょう。折角、天が再び引き合わせて下されるのですから、そのご縁を大切になさって下さい」
「それでは、そのいずれ再会するはずだというお方は、今、どこにいらっしゃるのか―、せめてそれだけでも教えて下さいませんか?」
 莉彩が懸命な面持ちで問うても、老人は首を振った。
「時がいずれ、示して下さいますでしょう」
 老人は深々と莉彩に頭を下げ、更に男にも頭を下げた。
「それでは、私はこれにて失礼致します」
 小柄な老爺は御者台に戻ると、荷車を引いて悠々と去っていった。
 もし、ここに莉彩の父がいたとしたら、恐らく腰を抜かしたに違いない。何故、現代の韓国にいたはずの町の露天商が五百年も前の朝鮮に存在するのだと更に混乱を来すだろう。
 愕くべきことに、この老爺は紛れもなく莉彩の父にリラの花簪を売りつけた露天商だった。だが、莉彩がそのようなことを知るはずもない。
「全く食えない爺さんだ。あのような怪しげな爺さんの申したことなぞ、気にすることはなかろう」
 莉彩が考えに沈んでいると、男が慰めるような口調で声をかけてきた。
 その時初めて、改めて莉彩は自分を取り巻く周囲の異常さに気付いた。自分を助けた男の纏っている服、先ほどの老人の格好―、すべてが現代のものとは違う。
 いや、この二人だけではない。往来を時折行き過ぎる通行人は皆、この二人と似たような格好をしていて、その身なりは莉彩がよく知っている二十一世紀の日本のものとは全く違うのだ。

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