テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第9章  MooN Light

 つい一週間前のことだった。
 丁度、月曜で、その日は一日中アパートにいた莉彩は、午前中は近くのスーパーに子ども連れで買い物に出かけた。一時間ほどして帰ってきた時、部屋の前で所在なげに佇むのは何と父の英一朗だった。
―お父さん?
 莉彩が思わず声を張り上げると、父は怒ったような照れたような顔で莉彩を見、更に、莉彩に手を引かれている息子聖泰(せいや)を見た。
―元気か?
 ややあって、父はぶっきらぼうともいえる口調で訊ね、莉彩が頷くと、おもむろに大きな紙包みを渡した。大人の手でも両手で抱えねばならないほど、大きなものだ。
―子どもの歓びそうなものなんて、よく判らなかったからな。
 それだけ言うと、また、くるりと背を向けて去ってゆこうとする。
―お父さん、待って。
 莉彩が呼び止めると、父は立ち止まった。
―折角来たんだから、上がっていって。
 父はそれには何も応えず、背を向けたまま言った。
―一度、近い中に帰ってこい。
 それだけ残して、父は階段を降りていった。
 莉彩の住むアパートは名前だけは〝グリーン・ハイツ〟などと洒落ているが、現実は築三十年の鉄筋コンクリートの二階建てだ。家賃が安いのと陽当たりが良いのだけが取り柄の、オンボロアパートなのだ。が、女一人で子どもを育てながら暮らしてゆくのには、十分すぎるほどの住まいだと思っている。
 父が帰った後も、莉彩はしばらく茫然と立ち尽くしていた。
―お母さん。
 聖泰が服の裾を引っ張らなかったら、それから一時間でもずっとその場に立っていたかもしれない。
 とりあえず部屋に入って聖泰と二人で包みを開けると、中から現れたのは三輪車だった。
 鮮やかなブルーの三輪車をひとめ見て、聖泰は歓声を上げた。
 その日以来、聖泰は家にいるときは大抵、アパートの前の小道を三輪車に乗ってご機嫌である。
 父の気持ちが痛いほど莉彩に伝わってきた。何事にも厳格な父は、いまだに娘がシングルマザーになった事実を受け容れられないでいるに違いない。それでもなお、孫のためにプレゼントを持って訪ねてくるのには相当の勇気が要っただろう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ