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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第9章  MooN Light

 恐らくは母がこっそりと父に莉彩の住所を知らせたのであろうことは判った。
 ならば、父の心に応えるためにも、勇気を出して実家を訪ねてみよう。莉彩はそう思い始めていた。
 莉彩が勤める惣菜屋から実家までは歩いてもせいぜいが三、四十分程度だ。すぐに行こうと思えば行けないことはないのだけれど、やはり、現実に行くとなると、相応の覚悟が要る。だが、わざわざ自分から訪ねてきてくれた父の想いを慮り、やはり近い中には聖泰を連れて訪ねてみようと考えている莉彩であった。
 明後日は月曜日で定休だから、良いチャンスかもしれない
 その日は土曜で、莉彩はいつものように一日惣菜屋で働いた後、八時に店を閉め、保育園に子どもを迎えにいった。ここの保育園は公立ではなく私立の認可を受けた園である。保育料に関しては多少割高の感はあるが、何より、午後九時までは子どもを預かってくれるので、働いている母親にとってはありがたかった。
 聖泰を先生から受け取った後、二人で手を繋ぎながらY駅まで歩くのはいつものことである。Y駅からI駅までふた駅、電車で通勤するのもまた日常と変わらぬひとコマであった。
「ねえ、お母さん」
 聖泰があどけない声を上げた。
「なあに?」
 莉彩が何げなく応えると、聖泰は思いがけぬことを口にした。
「ボクのお父さんは、どんな人だったの?」
 莉彩は、息子には父親に関して殆どを語っていない。ただ遠いところにいる人で、事情があって一緒には暮らせないのだと話していた。
 三歳になったばかりの幼児がどこまで理解しているかは判らない。しかし、聖泰は利発な子だ。言葉を喋るのも早く、理解力もこの歳にしてはある方だ。それに、下手に隠し立てしたり嘘をつくのは、かえって良くないだろう。
 莉彩は息子にも判るように、言葉を選んで話した。
「あなたのお父さんはね、素晴らしい人よ。自分のことよりも他の人のことを考えてあげられる立派な人だった。お母さんは、そんなお父さんを尊敬していたの」

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