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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第9章  MooN Light

「ふうん? ボクも大きくなったら、お父さみたいな立派な人になれるかな。ね、お母さん。ボクはもうずっと、お父さんに逢えないの」
「それは―」
 莉彩は言葉に窮した。
 聖泰の名前を付ける時、莉彩は真っ先にあのひとを思い出した。その在位中から徳宗は万世を遍く照らす聖(ソン)君(グン)と尊崇を受ける偉大な国王であった。この子はその聖君と呼ばれる男の血を紛れもなく受け継ぐ子なのだ。
 生まれたばかりの子どもを見ながら、莉彩は懐かしい面影を眼裏に甦らせていた。
 〝聖泰〟という名は、まさしく父である徳宗にちなんで付けた名だ。〝聖君〟を父に持つ、泰平の世をもたらした偉大な朝鮮国王徳宗の子であるという証。
 逢いたくないはずがない。いや、誰よりも逢いたい。でも、それは叶わぬ希望(のぞみ)だ。
 聖泰を徳宗に逢わせてやりたい。息子が一度も見たことのない父を恋しがっていることもよく承知している。
 だが、それはいかにしても、果たしてやれない望みなのだ。徳宗の進む道の障害にはなりたくない―、莉彩はそう願って彼への愛を諦め、現代に戻ってきた。
 未練は棄てて、ただ遠い時の彼方にいる徳宗の治世が安からんことを祈らねばならない。たとえ、いかほど離れていようと、莉彩の心は常に徳宗と共にあり、あの時代にある。
 莉彩は今も二人を繋ぐあのリラの簪を常に肌身離さず身につけている。惣菜屋のお仕着せ―白の割烹着にはおよそ似つかわしくない簪を後頭部で束ねた髪に挿している。
 二人にとっては想い出のこもったこの簪は莉彩にとって、我が子と生命の次に大切なものだ。これを髪に挿していれば、いつも遠く離れた徳宗の傍にいるような気になれた。
「そうね、元気でいれば、いつかきっと逢えるわ。それにね、たとえ逢えなくても、お父さんは聖泰のこと、ずっと見てるから。淋しいときには、お月さまを見てごらんなさい。お父さんも遠いどこかで、同じ月を見て聖泰を思い出してるんじゃないかな」
 わずか三歳の幼子に〝父親とは一生涯逢えない宿命なのだ〟とは到底告げられるものではない。
 いつかこの子がもっと大きくなった時、真実を告げる日もあるだろう。今はこれが応えてやれる精一杯だった。

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