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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第9章  MooN Light

 最初眼を開いた時、莉彩は自分の予感が外れてはいなかったことを知った。
 ゆっくりと眼を開き、視界が徐々に鮮明になってくるのを待つ。莉彩は絹の布団に横たわっていたようだ。刹那、ハッと弾かれたように褥に身を起こした。
―聖泰?
 息子の姿を眼で探す。時を飛ぶ直前、咄嗟に息子の手を握ったものの、それ以降、どうなったのかまでは判らない。果たして、あの子はどうなったのだろうか。
 不安と恐怖で叫び出しそうなるのを堪(こら)え、莉彩は忙しなく視線を動かした。
 その部屋にはどこか見憶えがあった。
 蓮の花を墨絵で描いた屏風、色鮮やかなピンクの座椅子と脇息。
 莉彩は慌てて周囲を見回した。やはりという想いが押し寄せる。ここはかつて莉彩が一時期―十四年前、初めてこの時代に来たときに入宮するまで過ごした部屋であることは間違いなかった。
 そう、ここは臨尚宮(イムサングン)の住まいだ。正確にいえば、臨尚宮の弟臨内官(イムネイカン)の屋敷である。
 臨内官は四年前は、内侍府で監察(カムチヤル)部長を務めていた。内官、即ち内侍(ネシ)とは宦官であり、常に国王に近侍することから絶大な権力を持っている。その影響力は大臣を凌ぐといわれるほどで、その分、朝廷からは疎んじられる存在でもあった。
 臨尚宮こと臨淑(ス)妍(ヨ)は国王徳(ドク)宗(ジヨン)の乳母を務めた女性である。かつて莉彩がこの時代にいたときは、力になってくれた頼もしい存在であった。
 が、この時代に飛んだ刹那、臨尚宮の屋敷に来るなどと都合良く事が運ぶものだろうか。莉彩が疑問に思ったその時、両開きになった部屋の扉が静かに開いた。
「お母さん(オモニ)」
 その声に、莉彩は眼を見開く。
 聖泰が莉彩の懐に飛び込んできた。頭巾で頭をすっぽりと包み、見慣れない格好をしているその子は、一見、生まれたときからこの時代で暮らしている子どものように見えるが、紛れもなく我が子であった。
「臨尚宮さま」
 莉彩は物問いたげに臨尚宮を見つめる。
 聖泰の後から現れた臨淑妍は物音を立てず、枕辺に座った。
「お久しぶりにございます、孫淑容(ソンスギヨン)さま(マーマ)」
 この呼び方で莉彩を呼ぶのは、紛れもなくはるか五百六十年前の朝鮮王国時代の人々だけだ。

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