
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第9章 MooN Light
だとすれば、莉彩とまた彼女と固い縁で結ばれた徳宗の子である聖泰が二人共にこの時代に飛んだというのは、これも宿命というものなのかもしれない。
が、何のつてもないこの時代で幼い子どもを育てることなど、現代でよりもはるかに難しそうであった。しかし、ここにいては、淑妍の政治的野心にまた自分と聖泰は利用されることになるだろう。淑妍は心優しい女人ではあるが、彼女にとって最も大切なのは我が子も同然に思っている徳宗ただ一人なのだ。
淑妍は以前も徳宗率いる改革派に対抗する保守派の大物の左議政孫(ソン)大(テー)監(ガン)を取り込むため、莉彩を孫大監の養女にした。孫大監は徳宗の熱愛する寵姫の養父となることで、外戚としての権力を得ようとし、淑妍の頼みを呑んだのである。
徳宗のためならば、淑妍はどこまでも冷酷になれるといった一面を持っている。
莉彩はひたすらそれを怖れた。我が身だけならば良いが、幼い息子までをも政争に巻き込むのだけはご免だ。
莉彩はその日の夜半、ひそかに淑妍の屋敷を出るつもりであった。荷物といっても何もない、身一つでこの時代に来たのだから。
莉彩にとって、たった一つの財産は髪に挿したリラの簪だけだ。が、これだけは何があっても、売らない、手放さないと決めていた。
そのときも莉彩は簪を手に取って眺めていた。アメジストの花びらをそっと手でなぞる。そろそろ黄昏刻で、聖泰は莉彩の傍らで昼寝をしている。
安心しきったような安らいだ表情を見る度に、この子だけは何があっても守り通さなければと覚悟も新たにするのだった。
と、扉が開く音がし、莉彩は面を上げた。
淑妍が来たのだと思ったのである。
ふと視線を動かした莉彩は凍りついた。
「莉彩(イチェ)」
あろうことか、眼前に佇むのは徳宗その人だった。
薄い赤の花が全体的に染め出された蒼いチョゴリに鮮やかな紅いチマ、髪を結い上げた莉彩はハッと眼を奪われるほど艶麗であった。子どもを生んだ女の色香が加わり、徳宗でなくとも一瞬で魅了されずにはいられないほどだ。
「逢いたかった」
お忍びらしく、むろん王衣は纏っておらず、鐔の広い帽子に、紫のゆったりとした上下を着用している。
が、何のつてもないこの時代で幼い子どもを育てることなど、現代でよりもはるかに難しそうであった。しかし、ここにいては、淑妍の政治的野心にまた自分と聖泰は利用されることになるだろう。淑妍は心優しい女人ではあるが、彼女にとって最も大切なのは我が子も同然に思っている徳宗ただ一人なのだ。
淑妍は以前も徳宗率いる改革派に対抗する保守派の大物の左議政孫(ソン)大(テー)監(ガン)を取り込むため、莉彩を孫大監の養女にした。孫大監は徳宗の熱愛する寵姫の養父となることで、外戚としての権力を得ようとし、淑妍の頼みを呑んだのである。
徳宗のためならば、淑妍はどこまでも冷酷になれるといった一面を持っている。
莉彩はひたすらそれを怖れた。我が身だけならば良いが、幼い息子までをも政争に巻き込むのだけはご免だ。
莉彩はその日の夜半、ひそかに淑妍の屋敷を出るつもりであった。荷物といっても何もない、身一つでこの時代に来たのだから。
莉彩にとって、たった一つの財産は髪に挿したリラの簪だけだ。が、これだけは何があっても、売らない、手放さないと決めていた。
そのときも莉彩は簪を手に取って眺めていた。アメジストの花びらをそっと手でなぞる。そろそろ黄昏刻で、聖泰は莉彩の傍らで昼寝をしている。
安心しきったような安らいだ表情を見る度に、この子だけは何があっても守り通さなければと覚悟も新たにするのだった。
と、扉が開く音がし、莉彩は面を上げた。
淑妍が来たのだと思ったのである。
ふと視線を動かした莉彩は凍りついた。
「莉彩(イチェ)」
あろうことか、眼前に佇むのは徳宗その人だった。
薄い赤の花が全体的に染め出された蒼いチョゴリに鮮やかな紅いチマ、髪を結い上げた莉彩はハッと眼を奪われるほど艶麗であった。子どもを生んだ女の色香が加わり、徳宗でなくとも一瞬で魅了されずにはいられないほどだ。
「逢いたかった」
お忍びらしく、むろん王衣は纏っておらず、鐔の広い帽子に、紫のゆったりとした上下を着用している。
