テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 深々と頭を垂れる莉彩の前にしゃがみ込み、王はその頬にそっと触れる。冷え切った指先に触れられ、莉彩のか細い身体がピクリと震えた。氷のような指に触れられたその箇所から、莉彩の身体までもが凍えてゆくようだ。
 長い指が意味ありげにつうっと下降して、顎の下でピタリと止まった。そのまま人さし指でクイと顔を上向けられる。
「そなたは相変わらず美しい。いや、しばらく見ぬ中に、そなたはどんどん美しく艶やかになってゆく」
 徳宗の整った面にはふっと自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「さりながら、そなたを美しく花開かせた男が予以外の男だというなら、真に嘆かわしい限りだな」
 莉彩は思わず眼を伏せた。
 王の烈しい怒りが怖ろしかった。いっそのこと、このまま処刑される方がよほど気が楽ではないか、そう思えるとほど、その夜の王は全身から荒んだ雰囲気を発散させていた。
 その双眸は底なしの沼のように暗く、何の感情も窺えない。その夜の王の瞳には憎しみさえ浮かんではいなかった。
 徳宗という男は怒れば怒るほど、冷静になり、より感情は静まり返ってゆく。そのことを莉彩はよく知っている。即ち、今宵の王の静かさはその深い怒りを示しているのだ。
 徳宗は莉彩を褥の上に組み伏せながら、冷えた声音で問うた。
「子どもの父親は誰だ?」
「存じません」
 莉彩は瞳を伏せたまま、小さな声で応える。
 王の眉がつり上がり、その美麗な面が怒りのあまり、朱に染まった。
「ホホウ、何とも強情なことだな。そなたの意思が強いのは予も存じておるが、その頑なさは並ではない。良人のある身で他の男と密通した罪が万死に値することは、そなたもよく知っているはずだが?」
 莉彩が初めて眼を開いた。
 唐突に手をつかえた莉彩を、徳宗が眼を眇めて眺める。
「国王殿下。どうか私をひと想いに殺して下さいませ。たとえどのような酷い刑罰でも、私は歓んで受けます。ただ、あの子だけは、子どもの生命だけは助けて頂きたいのです。臨尚宮さまのお屋敷でせめて使用人としてでも使ってやって頂けないでしょうか。このようなお願いをできる身ではないことはよく存じておりますが、どうか、私の最後のお願いをお慈悲をもってお聞き届け下さい」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ