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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

莉彩が焦りにも似た気持ちで先を急ごうとすると、背後から男の声が追いかけてきた。
「おい、一体どこにゆくつもりなんだ?」
「放っておいて。こんな馬鹿げたことは、すぐに止めて貰いたいの、ただそれだけ」
 莉彩は振り向こうともせず、歩き続ける。
 途中で向こうから歩いてきた若い男とぶつかりそうになり、物凄い顔で睨まれた。
 身なりが粗末なものだから、庶民なのだろう。職人風のその男は、莉彩の連れが高貴な身分の男らしいと判り、絡んでくることもなく舌打ちして通り過ぎていった。
「良い加減にしないか。どこに行くか当てはあるのか? 闇雲に歩き回ったって、どうにもならないぞ。それとも、また荷馬車にぶつかりそうになりたいとでも?」
 莉彩の歩みがふいに止まった。弾みで、後ろから付いてきた男が莉彩の背中にぶつかりそうになる。
 莉彩は、くるりと振り向いた。
「ねえ、これは悪い夢ではないの? 私、どうかしちゃったのかな。信じて貰えないかもしれないけど、私が住んでいた世界は、ここじゃないのよ。ここは―韓国、ううん朝鮮でしょ? 今は何年くらいで、この時代を治めている王さまは誰なのかしら」
 莉彩もこの事態が次第に現実らしいと認識し始めていた。いや、本当はまだ信じたくはないのだが、行けども行けども、周囲の光景は変わることはなく、人々の身なりはすべて韓流時代ドラマの中のよう。それに、ロケにしては、あまりにもよくできすぎているし、夢にしてはリアルすぎる。
「そなたの申すことは、まるで謎解きか暗号のようだな。私には皆目判らぬ。だが、そなたが記憶喪失でゆく当てがない娘であることは判った」
 男の眼には憐れみが浮かんでいる。
 莉彩はムッとした。
「冗談じゃないわ。私は記憶を失ってなんかいません。名前は安藤莉彩、二十一世紀の日本から来た正真正銘の日本人です」
「日本とは倭国のことか?」
「倭国、この時代にはそんな風に呼ばれていたのね。ごめんなさい、私、歴史はあまり詳しくないの。卑弥呼の時代に日本が倭と名乗っていたことくらいは知ってるけど」
 こんなことなら、真面目に日本史や世界史を勉強しておけば良いと本気で後悔してしまった。

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